~~2017年9月28日(木)「夜クラシックVol.14」~郷古 廉(ヴァイオリン)スペシャルインタビュー

ヴァイオリン 郷古 廉 Sunao Goko

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©Hisao Suzuki

 2013年8月ティボール・ヴァルガ シオン国際ヴァイオリン・コンクール優勝ならびに聴衆賞・現代曲賞を受賞。現在、国内外で最も注目されている若手ヴァイオリニストのひとり。
 1993年生まれ。多賀城市出身。2006年第11回ユーディ・メニューイン青少年国際ヴァイオリンコンクールジュニア部門第1位(史上最年少優勝)。これまでに新日本フィル、大阪フィル、仙台フィル等各地のオーケストラと共演。共演指揮者にはゲルハルト・ボッセ、井上道義各氏などがいる。国内でリサイタルを行うと共に、2011年、2012年、2014年と《サイトウ・キネン・フェスティバル松本》でストラヴィンスキー作曲「兵士の物語」に出演。
 現在、ウィーン私立音楽大学にて研鑽を積みながら、ヨーロッパにおいても演奏機会を増やしている。
 勅使河原真実、ゲルハルト・ボッセ、辰巳明子、パヴェル・ヴェルニコフの各氏に師事。
 オクタヴィア・レコードより無伴奏作品によるデビューCDをリリース、その後、nascorレーベルよりブラームスのヴァイオリンソナタ集がリリースされた。
 使用楽器は1682年製アントニオ・ストラディヴァリ(Banat)。個人の所有者の厚意により貸与される。

取材・文:高坂はる香 写真:星ひかる

ドビュッシーやフランクの作品を弾いているとノスタルジックな気持ちになる

——今回は、テーマ曲である「月の光」からはじまるフランスものを中心としたプログラムとなっています。それぞれ、郷古さんにとってどんな作品なのでしょうか?

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 今回のプログラムには、子どもの頃の思い出のある作品がいくつか入っています。
 僕は16歳からウィーンに留学していますが、それ以前、10歳から現在も師であるフランス人のジャン=ジャック・カントロフ先生に学んだので、子どものうちにフランスもののスタイルを教え込まれました。そのため、ドビュッシーやフランクの作品を弾いているとノスタルジックな気持ちになるのです。
 特にフランクのソナタは、初めて弾いたのが10歳の頃で、以来何度も取り上げている作品です。一般的に聴きなじみのある曲かもしれませんが、今回の僕の解釈は少し新鮮に聴こえるのではないかなと思っています。

——カントロフさんからフランスものの演奏について学んだ最も大きなことは何でしょうか?

 フランスものは自由で、ルバート(※)などをどう演奏するかのセンスが問われます。ただ、自由だからといって、枠を取り外して感覚的になりすぎると、フランスの様式感が崩れてしまいます。例えばフランクのソナタでいえば、最初にレッスンを受けたときから、シンプルなリズムの組み合わせである第1楽章など、余計なルバートをせず、正確に、流れるように弾くことの大切さを教えられました。

 フランス音楽は、作品自体がもともと色や光、香りを持っているので、それをそのままに出すべきだと思います。そこにあえて香水や絵の具をつけて飾るというのは、僕は好きではありません。

※ルバート:音の長さを柔軟に加減して演奏すること

——ヨーロッパを拠点に生活していると、フランスに行かれる機会も多いですか?

 はい、子どもの頃から何度も行くことがありましたし、留学先としてフランスを考えていた時期もあるので、フランスに行くと懐かしい気持ちになります。フランス語の響きも好きです。あの、混沌としているけれどどこか統一感があって、みんな“生きている”と感じられる雰囲気が心地良いです。

とにかくこの曲が弾きたくて仕方ありませんでした

——ショーソンの「詩曲」も、ドビュッシーやフランクのソナタと同時代のフランスで書かれた作品ですね。

 これも僕にとって思い出のある曲なんです。小学5年生の頃、初めてこの曲を聴いて、なんて美しいのだろう、どうしても弾いてみたいと思いました。でも、当時仙台で師事していた勅使河原真実先生に、曲も長く音楽的に難しいから、さすがにまだ早いのではないかと言われてしまって。それでも弾きたいと言ったら、先生が、翌日の夕方までに譜読みをして練習してくるようにとおっしゃいました。そこで僕は、食事をとるのも忘れるほど、あんなことは後にも先にもないというくらい真面目に練習して(笑)、レッスンの時間までになんとか曲を形にしたのです。それで先生も、勉強してみようと言ってくれました。
 当時の僕は、子どもながらに重くて内容のつまった曲に興味を持っていたので、とにかくこの曲が弾きたくて仕方がありませんでした。昔から意志を尊重してくれる先生方に恵まれてきたので、いつもやりたい曲に取り組んできたのですが、なかでも「詩曲」の思い出は印象的。今でもとても好きな作品です。

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苦行ともいえるような難しい作品

——無伴奏でバッハの「シャコンヌ」を演奏されます。無伴奏の作品を演奏する難しさはどんなところにありますか?

 「シャコンヌ」は、全てのバッハの作品の中でも特別なものの一つだと思います。演奏するたび、この、ほとんど苦行ともいえるような難しい作品がまた始まってしまった……と思うのですが、終盤で精神的な高みにのぼりつめるところにくると、毎回改めて、本当にすごい曲だと実感します。
 バッハは、4本しか弦のないヴァイオリンに2声や3声の音楽を弾くことを求めたわけで、これは並大抵のことではありません。テーマと変奏からなる、淡々とした根源的な音楽をヴァイオリン一挺で弾くことには神経を使いますし、共演する楽器の大きな和声に守られていないのでより緊張します。

実はトークのほうが緊張します

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——田村響さんとの共演には、どのような期待がありますか?

 7月に初めてトリオで共演し、デュオでの演奏はこの「夜クラシック」が初めてとなるので、楽しみにしています。やはり共演していて楽しいのは、自分にはこんな音が出せるのだという新しい面を引き出してくれる人。今度の共演も、そうなったらいいなと思います。

——お二人によるトークも楽しみですね。

 実はトークのほうが緊張します! 僕がステージで話すことは、あまりない……というか、今後二度とないかもしれません(笑)。

僕たちとみなさんとで一緒に見届ける感覚で聴いていただけたらいいなと思います

——さて、「夜」がテーマの演奏会ということでお聞きしますが、郷古さんは昼と夜、どちらがお好きですか?

 断然、夜が好きです。特に、ものを書くなどクリエイティブなことをするときは、夜の静寂の中のほうが集中できて良いですね。みんなが寝静まっている時間帯に生まれてくるインスピレーションには、特別なものがあると思います。
 僕は詩を書くのが好きで、小学1年生くらいのころから書き続けています。子どもの頃から、とにかくナイーブで感受性が強かったようです。自然が大好きで、夕暮れ時にはずっと空を見ているような子どもでした。美しいものに対するセンサーが発達していたのかもしれません。

——ヴァイオリンの道に進もうと決意したのは、いつごろでしょうか。

 ヴァイオリンは自分のするべきことだという考えはあるのですが、死ぬまでヴァイオリンを弾こうという決意は、これまで一度もしたことがありません。人生を長いスパンで見るということをしないタイプなので、ヴァイオリンに対しての気持ちも、ことあるごとに更新していく感じです。
 人生の何かを覗くための手段が、僕にとってはたまたま音楽であり、ヴァイオリンだったというだけで、それは人それぞれに違いますよね。もちろん、ヴァイオリンでの表現に理想はあるし、常に良くなりたいと思っているので、その気持ちでただ毎日積み重ねを続けている感覚です。

——最後に、演奏会を楽しみにしているみなさんへのメッセージをお願いします。

 今回、田村さんとの共演をとても楽しみにしていて、そこで何が生まれるのかを一緒に体感していただけたらと思っています。
 弾き手と聴き手を分けて考えてしまうと、そこの間でなにかが滞ってしまうように感じるので、みなさんにも、能動的な意識をもって音楽を聴いていただけると嬉しいのです。音楽はその場で生まれ、消えてしまう、ある意味実験的な芸術です。そんな実験を、僕たちとみなさんとで一緒に見届ける感覚で聴いていただけたらいいなと思います。

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郷古 廉 スペシャルメッセージ

田村 響 スペシャルメッセージ

プロフィール

高坂はる香(こうさかはるか)

音楽ライター、編集者。大学院でインドのスラム支援プロジェクトを研究。
その後2005年よりピアノ専門誌の編集者として、ピアニストや世界の国際ピアノコンクール等の取材を行う。
2011年よりフリーランスとして活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体への寄稿のほか、
「クラシックソムリエ検定公式テキスト」の編集などを手掛ける。
HP「ピアノの惑星ジャーナル

夜クラシックVol.14

2017年9月28日(木)19:30開演 文京シビックホール  大ホール

公演情報

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