オススメ公演の聴きどころ指南 夜クラシックVol.22

~ばっちり予習~

オススメ公演の聴きどころ指南

文京シビックホールの注目公演を音楽ライターが徹底解説。
これを読めば公演がより一層楽しめること間違いなし。

夜クラシックVol.22 堤 剛・仲道郁代

2019年9月27日(金)19:30開演 文京シビックホール 大ホール

文:高坂はる香

美しく見事に組み立てられたドイツ系チェロ・ソナタの深い世界

 今シーズンで5周年を迎えた、文京シビックホールの「夜クラシック」。平日夜のコンサートには19時開演のものが多いなか、少し遅めの19時30分開演というスタイル、また出演者によるトークを挟むリラックスした雰囲気が好評のシリーズだ。

 ピアニストの仲道郁代は、2014年のシリーズ開始以来、ソロにはじまり、若手奏者とのアンサンブル、姉妹ピアノデュオなどさまざまな形態で「夜クラシック」のステージに立ち、"夜クラ"ファンの間ではすっかりおなじみの存在。毎シーズン、どんなスタイルでどのようなプログラムを届けてくれるか、楽しみにしているファンの方も多いだろう。そんな彼女が、記念すべき5周年のシーズンのパートナーに選んだのは、日本を代表する名チェリスト、堤 剛だ。

堤.jpg

             堤 剛
                       ©鍋島徳恭

 堤はその若き日、桐朋学園で、戦後のクラシック音楽界を牽引したチェリストで指揮者の斎藤秀雄のもと学んでいるので、やはり桐朋学園で学んでいる仲道にとっては、学校の大先輩にもあたる。

 桐朋学園高校卒業後、アメリカのインディアナ大学に留学した堤は、ミュンヘン国際コンクールやカザルス国際コンクールで上位入賞を果たし、以後、日本はもちろん世界各地で活躍するようになった。第一線で演奏活動を行いながら、ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールやチャイコフスキー国際コンクールの審査員、桐朋学園大学学長(2004年から2013年)やサントリーホール館長などさまざまな要職をつとめる、まさにチェロ界の重鎮だ。2009年には紫綬褒章を受章。70代を迎えた今も、古典から現代音楽まで多彩な作品に取り組む。奏でる音はますます円熟味を増し、またアンサンブルにおいても、その包容力で若手からベテランまでさまざまな共演者を受け入れ、新鮮な掛け合いを繰り広げる。

 一方の仲道は、桐朋学園で学んだのちミュンヘン国立音楽大学に留学。幅広いレパートリーで演奏活動を行っているが、なかでもピアノ・ソナタ全集を録音しているベートーヴェンを得意としている。繊細さと力強さを兼ね備えた表現で、作品に込められたさまざまな感情を鮮やかに伝えてくれるピアニストだ。これまでの「夜クラシック」でも、おっとり穏やかな口調で語られるわかりやすくおもしろいトーク、そして多彩な音を駆使した華麗な演奏を披露し、聴衆を魅了してきた。

 さて、この先輩・後輩デュオ、これまでにも、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全曲演奏シリーズをはじめとする数々の舞台で共演し、息のあった演奏で人気を集めている。そんな二人が今回演奏するのは、ベートーヴェンとブラームスという、ドイツものを集めた聴きごたえたっぷりのプログラムだ。

仲道郁代

            仲道郁代
                     ©Kiyotaka Saito

 まずベートーヴェンからは、モーツァルトのオペラ「魔笛」より、パパゲーノの有名なアリアの主題をとって作曲された「モーツァルト『魔笛』"娘か女か"の主題による12の変奏曲」。ベートーヴェンは30歳前後の頃、当時ウィーンはじめヨーロッパ各地で人気を博していたモーツァルトのオペラの主題を使用して、他にもいくつかの変奏曲を書いている。この作品も、そんな若き日の優美で華やかなタイプの変奏曲のひとつ。まさにオペラのワンシーンを彷彿とさせるようにチェロとピアノが親密な対話を繰り広げ、明るく起伏に富んだ変奏を展開する。堤と仲道の、楽器による"おしゃべり"を聴くことができるだろう。

 続く「チェロ・ソナタ第3番」は、ベートーヴェンの5曲のチェロ・ソナタのうちもっとも広く知られている作品。ベートーヴェンが20代後半で発症した難聴による絶望を乗り越え、充実した創作活動を行っていた頃で、「交響曲第5番《運命》」や「交響曲第6番《田園》」などと時を同じくして書かれたものだ。品格あふれるチェロの独奏で始まる第1楽章、独特のリズムを持ち、両楽器が生き生きとした掛け合いを繰り広げる第2楽章、優美にスタートして輝かしさを増してゆく第3楽章と、充実した内容を持つ。これまでにも二人が共演を重ねてきているレパートリーだけに、また一歩解釈を深めた音楽に期待できるだろう。

 そしてブラームスの作品からは、偉大なるドイツの先達であるベートーヴェンからの影響が感じられる、「チェロ・ソナタ第1番」。全楽章が短調で書かれ、まだ30代前半で書かれた作品でありながら、独特の渋さと哀愁を漂わせる。壮年期のブラームスが描いたこの世界観を、堤のいぶし銀のチェロがどのように表現し、そこに、あのエレガントな風貌からは想像しがたいほどのパワフルな音を聴かせてくれる仲道のピアノが、どんな彩りを寄せるのか、実に楽しみだ。

 ちなみに、昨年文京シビックホールに新しく導入されたスタインウェイのコンサートグランドピアノは、ホールが依頼し、仲道が選定したもの。公演当日は、おそらくこのピアノが使用されることになると思われる。コンサートの冒頭に演奏される「夜クラシック」シリーズテーマ曲、ドビュッシーの「月の光」はピアノソロによる演奏ということで、仲道が選んだピアノが1年余りの時を経てホールに馴染んできた、その音色と響きを存分に味わうことができるだろう

 普段、小品を集めた公演が多い「夜クラシック」シリーズだが、今回はベートーヴェンとブラームスのソナタという大きめの曲を中心とした、作品の世界に没入することができるプログラムが用意されている。公演が行われるのは、秋が深まり始める9月最後の金曜日。落葉の季節の気配を感じながら、美しく見事に組み立てられたドイツ系チェロ・ソナタの深い世界にどっぷり浸かってみてはいかがだろうか。

高坂はる香(こうさかはるか)

音楽ライター、編集者。大学院でインドのスラム支援プロジェクトを研究。その後2005年よりピアノ専門誌の編集者として、ピアニストや世界の国際ピアノコンクール等の取材を行う。2011年よりフリーランスとして活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体への寄稿のほか、「クラシックソムリエ検定公式テキスト」の編集などを手掛ける。著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル

夜クラシックVol.22 堤 剛・仲道郁代

2019年9月27日(金)19:30開演

文京シビックホール 大ホール

出演

チェロ/堤 剛
ピアノ/仲道郁代

曲名

【試聴できます】 曲目をクリックしてください。
※ 試聴音源の演奏家・楽器編成は、本演奏会の出演者・楽器編成と異なる場合もございます。
一部、試聴できない曲目がございます。

ドビュッシー/月の光
ベートーヴェン/モーツァルト「魔笛」"娘か女か"の主題による12の変奏曲

ベートーヴェン/チェロソナタ第3番
ブラームス/チェロソナタ第1番

料金

S席 3,000円 A席 2,000円<全席指定・税込>

お問い合わせ

シビックチケット 03-5803-1111(10時~19時/土・日・祝休日も受付。)

Vol.22堤剛・仲道郁代チラシ.png