スペシャルインタビュー 昼クラシック2023

~2023年9月1日(金)・11月16日(木)「昼クラシック 2023」~

金子三勇士(ピアノ)
スペシャルインタビュー

平日の昼下がり、心なごむトークと、欧州旅行気分を味わえる名曲の数々をお楽しみいただける「昼クラシック 2023」。
全2回の2023年シリーズに登場する金子三勇士さんにお話を伺いました。

金子三勇士_1_(C)Seiichi Saito.jpg

©Seiichi Saito

ピアノ

金子三勇士

Miyuji Kaneko

1989 年日本人の父とハンガリー人の母のもとに生まれる。6 歳で単身ハンガリーに渡りバルトーク音楽小学校に入学、2001 年からは11 歳でハンガリー国立リスト音楽院大学(特別才能育成コース)に飛び級で入学。2006 年に全課程取得とともに帰国、東京音楽大学付属高等学校に編入する。東京音楽大学を首席で卒業、同大学院修了。2008 年、バルトーク国際ピアノコンクール優勝の他、数々の国際コンクールで優勝。 第22 回出光音楽賞他を受賞。これまでにゾルタン・コチシュ、小林研一郎、ジョナサン・ノット他と共演。 国外でも広く演奏活動を行っている。
NHK-FM「リサイタル・パッシオ」に司会者としてレギュラー出演。2019 年5 月にはCD「リスト・リサイタル」をリリースした。2021 年には日本デビュー10 周年を迎え、それを記念して2022 年3 月にドイツ・グラモフォンより新譜CD「フロイデ」をリリースした。コロナ禍でも、オンラインを活用したさまざまな企画を発信中。
キシュマロシュ名誉市民。スタインウェイ・アーティスト。
オフィシャルHP http://miyuji.jp/


取材・文:高坂はる香  写真:三浦興一

充実した内容をプレゼントしたいと思います。

01_2023.04.22-008.jpg

─ 今回は「ピアノとトークでめぐる欧州音楽紀行」と題し、金子さんのルーツの一つであるハンガリーの作曲家を中心に、全2回の興味深いプログラムが用意されています。 

 こういった2回シリーズの公演は、アーティストとして一番うれしくてありがたいのです。1回だと、あれもこれも伝えたかったという思いがどうしても残ります。だからこそ、今回のこのチャンスに何を発信するか非常に悩みました。
 そこに、「アイデンティティを一つの軸にしては?」とヒントをいただきました。普段、アイデンティティを表に出しすぎると押し付けがましいのではと思うこともあるので、実はこれもとてもうれしいご提案でした。
 そこで日本人でありハンガリー人でもあるピアニストとして、音楽とトークを通じてハンガリーの魅力を伝えるプログラムを考えました。


選曲にはどんなコンセプトがありますか? 

 各公演、前半はハンガリーの作曲家を取り上げ、後半は別の国の作品を紹介するというコンセプトで、かなり強い意志のもと選曲しました! 近隣の国の音楽と比較することで見えてくるハンガリーもあるでしょう。
 平日の昼にこういったコンサートにお越しになる方の多くは、知りたいという好奇心が旺盛ですよね。だからこそ、学びとエンターテインメントの要素がある、充実した内容をプレゼントしたいと思います。

こういうショパンの表現もおもしろいと感じていただけたら嬉しいです。

2023.04.22-004.jpg

第1回は前半がリストの名曲 、そして後半は「ショパン〜リストから見たピアノの詩人」がテーマです。
 

 ハンガリー音楽と聞いてまず思い浮かぶのは、おそらくリストの「ラ・カンパネラ」や「愛の夢」、「ハンガリー狂詩曲」でしょう。まずはみなさんが期待されるそんな王道の名曲を演奏します。
 後半は、リストと仲のよかったショパンを取り上げます。ショパンの祖国ポーランドとハンガリーはずっと今でも友好関係にありますが、中欧、東欧エリアは多民族なだけに揉め事が絶えないなか、これは珍しいことなのです。歴史をさかのぼると、ハンガリー系の貴族とポーランドの王族が結婚するケースもたくさんあります。
 そんな歴史的背景も含め、改めて二人が与えあった影響、ショパンが他界したあとリストがどんな思いで過ごしていたのか、リストから見たショパンはどんな人物なのかをお伝えできたらと思います。

ショパンの作品は、リストとの対比も考慮して選ばれているのですね。
 

 はい、演奏もリストの視点から表現しようと思っています。実はこれ、僕が普段からショパンを演奏する際のアプローチなのです。
 ショパンの曲はポーランド人が弾く方が説得力があると思ったとき、自分はどうしたらいいのか迷った時期がありました。そこから見つけた答えが、自分のアイデンティティに近いリストはどう弾くかを想像しながら演奏する、というものです。例えば「英雄ポロネーズ」なら、リストはショパン自身の演奏にはなかったであろう男らしさを強調し、攻めた表現をしたと思いますし、ショパンもそんな演奏に憧れる部分があっただろうと考えます。今回も完全にリストになりきって弾きますので、こういうショパンの表現もおもしろいと感じていただけたら嬉しいです。

王道の名曲を弾くおもしろさ、難しさはどこに感じますか?

 みなさんが知る名曲は、過去の名手によって解釈の伝統が生まれ、多くの方の頭にそのイメージが染み付いていますから、演奏するのは挑戦です。大切なのは作曲家の想いと意図ですが、それが一般に知れわたる解釈と一致するとは限りません。何度も弾いていると慣れた解釈を続けがちですが、これも危険です。常に冷静さを保ち、新鮮な気持ちで作品に向き合わなくてはなりません。
 僕はリストの「ハンガリー狂詩曲」第2番を1000回近く弾いていますが、毎回違う演奏になるので、自分でも飽きません。リスト自身、その日によってテンポや間の取り方、最後の盛り上げ方を変えて弾いていたのではないかと思います。楽譜を見ても、即興性と自由さがある程度許される事がわかります。



親しみやすいものを選んでいますので、知らない曲があっても安心してください!

03_2023.04.22-014.jpg

一方の第2回は、聞き慣れない作曲家の名前もありますね。

 はい、学びを大事にされる方々には有名曲だけだと物足りないと思うので、演奏機会の少ないハンガリーの作曲家も取り上げます。リストの背中を見て育った彼らの魅力が伝わるよう、親しみやすいものを選んでいますので、知らない曲があっても安心してください!

特に注目してほしいのは?
 

 ウェイネルです。ハンガリーのピアニスト、作曲家だった人ですが、リストとはまた違ったタイプの聴きやすくおもしろい音楽を書いています。
 実は僕がリスト音楽院に通った後半の3年間暮らしたアパートの上の階は、かつてウェイネルさんが住んでいた場所だと聞かされていました。ある時、楽譜を借りようと音楽院の図書館に行きました。当時は、箱から選んだカードをカゴに入れると係の女性が取ってくれるアナログスタイルでしたが、それで間違って出てきたのがウェイネルのピアノ曲集だったんです。これは運命だと思いました(笑)。そんなウェイネルの「ハンガリー農民の歌」などからいくつかを演奏します。バルトークやコダーイがハンガリー民謡を収集して作品に取り入れた伝統を受け継ぐ音楽です。
 あとはやはり、バルトークですね。僕が生まれて初めて弾いたピアノ曲はバルトークの「子どものために」でしたから、アイデンティティがテーマの公演では欠かせません。みなさんにお伝えしたいのは、彼には二つの顔があること。よく知られているのは数学的、哲学的な一面ですが、一方、民族性を大切に人間的でピュアな音楽を書いた一面もあります。今回は両サイドの作品をお届けします。

─ 後半はドイツの3大B(バッハ、ベートーヴェン、ブラームス)の作品です。

 自分のアイデンティティを考えたとき、3大Bも外せません。尊敬してやまないリストも、バッハ、ベートーヴェンとは常に向き合っていました。
 やはりここでも、リストならこう弾いただろうというアプローチで自分の解釈を作っています。特にベートーヴェンは、リスト音楽院の教育がそんなリスト寄りの解釈をするスタイルでしたから。



日本人とハンガリー人という二つのアイデンティティ、それぞれをしっかり磨こうと決心したのです。

04_2023.04.22-028.jpg


二つのルーツを持つため、10代の頃はアイデンティティの悩みを抱えていたとおっしゃっていました。でも今ではそれが強みになっているのですね。

 昔は、どちらの国でもその国の人になりきれないことをコンプレックスに感じ、もがいていました。自分は一体何なのか、どう生きればいいのか見つけられなかったのです。でもその問題を解決する大きなヒントをくれたのが、先ほどの、ショパンをどう弾けばいいかを考えることでした。
 僕が日本でショパンを弾くと、ショパンらしくない、リストみたいなショパンだと言われることがよくありました。もちろんネガティブな意味で。当時はその言葉に傷ついていましたが、ある時、別にそれでいいではないか、実際、半分ハンガリー人でリストと縁のある環境で育ったのだから、もうリストのようなショパンを弾くというスタンスを始めから取れればいいじゃないかと思えるようになったのです。それを第一歩に、さまざまな悩みが整理されていきました。同時に、日本人とハンガリー人という二つのアイデンティティ、それぞれをしっかり磨こうと決心したのです。
 だからこそ、今回のようにそれを取り上げてもらえる企画はとてもうれしいものです。この十数年で、その機会を大事にしたいという想いが一層強くなっています。
 当日会場で発表されるサプライズもあります。2度にわたるトーク付きコンサートを通じ、ロビーも含む会場全体でハンガリーを体験していただけたらと思います。

取材・文:高坂はる香(こうさかはるか)

音楽ライター、編集者。大学院でインドのスラム支援プロジェクトを研究。その後、ピアノ専門誌の編集者を経て、2011年よりフリーライターとして活動。国内外でピアニスト等の取材を行うほか、世界のピアノコンクールの現地レポートも配信している。著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル

昼クラシック 2023

〈第1回〉2023年9月1日(金)14:00開演
〈第2回〉2023年11月16日(木)14:00開演

文京シビックホール 小ホール

出演

ピアノ/金子三勇士

曲目

〈第1回〉
「リスト~王道の名曲集」from ハンガリー
リスト/ラ・カンパネラ
リスト/コンソレーション 第3番
シューマン=リスト/献呈
リスト/愛の夢 第3番 
リスト/ハンガリー狂詩曲 第2番

「ショパン~リストから見たピアノの詩人」from ポーランド
ショパン/バラード 第1番
ショパン/ノクターン 第11番
ショパン/ワルツ 第1番「華麗なる大円舞曲」
ショパン/ノクターン 第2番
ショパン/幻想即興曲
ショパン/英雄ポロネーズ


〈第2回〉
「バルトークからウェイネルまで~ハンガリー魂に迫る」from ハンガリー
バルトーク/オスティナート
コダーイ/セーケイ民族の民謡
コダーイ/エピタフ
ウェイネル/ハンガリー農民の歌
ウェイネル/変奏曲
バルトーク/ピアノソナタ

「バッハ、ベートーヴェン、ブラームス~3大Bの世界」from ドイツ
バッハ/インヴェンション曲集より抜粋
ベートーヴェン/ピアノソナタ 第14番「月光」
ブラームス/ハンガリー舞曲 第5番

※曲目及び曲順は変更になる場合があります。

料金<税込>

<1回券>全席指定 3,500円
<セット券>全席指定6,000円
※セット券はシビックチケットでのみ取扱い

配信チケット(各回) 1,000円

お問い合わせ

シビックチケット 03-5803-1111(10時~19時/土・日・祝休日も受付。)

ライブ配信&アーカイブ配信についてはこちら
 →「昼クラシック2023」ライブ配信&アーカイブ配信

2023_hiru+classic_miyuji+kaneko_360_511.jpg