スペシャルインタビュー 夜クラシックVol.25

~2020年10月6日(火)「夜クラシックVol.25」~

前橋汀子(ヴァイオリン)
スペシャルインタビュー

実力派アーティストが数々の名曲を
気さくなトークを交えながらお届けする室内楽シリーズ"夜クラシック"。
Vol.25には、前橋汀子(ヴァイオリン)と松本和将(ピアノ)が出演。
"夜クラシック"初登場となる前橋汀子に、公演への意気込みを語っていただきました!

0282 前橋汀子(c)篠山紀信

©篠山紀信

ヴァイオリン

前橋汀子

Teiko Maehashi

2017年に演奏活動55周年を迎えた前橋汀子は、日本を代表する国際的ヴァイオリニストとして、その優雅さと円熟味あふれる演奏で、多くの聴衆を魅了し続けている。これまでにベルリン・フィルを始めとする世界一流の多くのアーティストとの共演を重ねてきた。近年、小品を中心とした親しみやすいプログラムによるリサイタルを全国各地で展開。一方、バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティ―タ」、2014年からは弦楽四重奏の演奏会に取り組む。最新CDは自身2度目の録音となる「バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ全集」が20198月に発売。著書「私のヴァイオリン 前橋汀子回想録」が早川書房より出版されている。
2004年日本芸術院賞。2011年春に紫綬褒章、2017年春に旭日小綬章を受章。
使用楽器は1736年製作のデル・ジェス・グァルネリウス。


取材・文:高坂はる香  写真:三浦興一

若いって、なんでもできるんですね(笑)

ヴァイオリンを始めたのは、自由学園の幼児生活団の情操教育として習ったことがきっかけだそうですね。ヴァイオリンと出会った頃の記憶はどのようなものですか?

 それが、はじめは特別に好きだったわけでもないんですよ!私が4歳の時、学園からピアノかヴァイオリンを選ぶように言われた母が、うちにはピアノもなかったので、小さなヴァイオリンのほうが安いからとヴァイオリンにマルをつけて提出したという、偶然の成り行きでした。
 でもいつからか私は、ヴァイオリンに「バー子ちゃん」と名前をつけ、寝る時も枕元に置き、人には絶対に触れさせなかったというので、愛着は感じていたのだと思います。
 そして戦争を経験していた両親は、これからは女の子でも手に職を持っていた方がいいだろうと考え、せっかく始めたヴァイオリンなのだし、ちゃんとした先生に習わせようと考えたようです。とはいえ音楽家にしたいという考えはなく、父が教師だったこともあり、将来音楽の先生になれたらいいなというくらいの考えでした。そうして私は、ロシア人の小野アンナ先生に師事するようになりました。

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その後、高校2年生のとき、日本人として初めて、ソ連のレニングラード音楽院に留学されています。ソ連留学を夢見るようになったのは、東京でダヴィッド・オイストラフのコンサートを聴いたことがきっかけだそうですね

 はい。私はまだ小学生でしたが、オイストラフの、まるでヴァイオリンが体の一部となっているかのような演奏に圧倒され、ソ連に行けばああいう音が出せるようになるのではないかと思ったのです。子どもらしいとっても単純な発想です(笑)。以来、私は絶対将来ソ連に行くんだと夢見るようになりました。
 とはいえ、当時はまだ日本がソ連と国交を回復して間もない頃で、現地には日本の領事館もないし、日本人は誰もいませんでした。電話もできず、手紙を書いても返事が来るまで1ヶ月以上かかります。今とは全く状況が違いました。よく親が送り出してくれたと思います。
 実際に留学してみると、とにかく周囲の学生のレベルが高いので、そこに少しでも近づきたいという思いで必死でした。ソ連内の各国から選び抜かれた才能ある若者が集まっている環境ですから、音楽家を目指すにあたってあいまいな決意の人は一人もいません。当時を思い出すと、自分がこうして長らくソリストとして弾き続けてこられたことが不思議に感じるくらいです。

その後、国際的日本人ヴァイオリニストのパイオニアとして、アメリカやヨーロッパでも活躍されました。演奏家としての成功を手にすることができた秘訣はなんでしょうか?

 そこには、すばらしい先生方や指揮者との出会いがありました。そして点が線になり、扉が開いていったのです。
 あと私、若い頃から学ぶことが好きなんですよ......こんな言い方をするのもちょっとどうかしらと思うのですけれどね(笑)。でも、それは今も変わらないのです。
 若い頃は、シゲティやミルシュタインなど、名手のところに押しかけてレッスンを受けました。バロック奏法に興味を持って、イタリアの楽団の方のもと勉強させてもらったこともあります。あれこれ想像だけして過ごすより、実際に当たって砕けろという感覚です。若いって、なんでもできるんですね(笑)

いろいろな条件に応じて自然と演奏が変わるので、いつも新鮮です。

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ヴァイオリンの音として理想とするイメージはありますか

 私が一番理想的だと思うのは、弾く曲を自分のものとして消化したうえで、自信を持って鳴らす音です。もちろん、純粋に音自体が美しいものになるよう、時間をかけて緻密な練習を重ねるわけですが、最終的に大切なのは、作品全体から届くイメージだと思います。作品をどのように理解し、そこから感じたことをどのように音に還元していくか。そこがしっかりしていることが、演奏の説得力につながると思います。
 加えて重要になるのは、無理な状態で音を出さないということ。力を入れて弾くことはたやすいですが、逆に、力を抜くということは簡単ではありません。
 その点は、若い頃にソ連で学んだ基礎がとても役に立っています。当時レニングラード音楽院では、解剖学の授業がありました。音楽学校なのになんでこんなことを勉強するのだろうと思ったのですが、今は体の使い方を知ることの重要性がよくわかります。特に長く演奏家として活動し続けるには、体をうまく使う能力が不可欠です。

今回は「夜クラシック」初登場ということで、名曲揃いのプログラムをご用意くださいました。楽曲はどのように選ばれたのですか?

 開演が19時半ということで、演奏時間は限られていますが、まずは今年記念年を迎えるベートーヴェンから、「クロイツェル」をぜひ弾きたいと思いました。35分ほどもあるヴァイオリン・ソナタですが、ピアノとヴァイオリンが同等に力を発揮する作品です。共演は、松本和将さん。私よりずっと若い世代の方ですが、とても頼もしく、すばらしいピアニストです。

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ベートーヴェンという作曲家には、どのような思いがありますか?

 4年前からベートーヴェンの弦楽四重奏曲を演奏するプロジェクトを行っているのですが、これによってベートーヴェンの楽譜の読み方がより深まり、ヴァイオリン・ソナタを演奏する時にも、新しい発見が得られています。
 ベートーヴェンの作品には、彼自身の人生や時代背景が投影されていると、つくづく感じます。そして、作曲年代ごとに作風が大きく変わっていく。だからこそ、彼の音楽は時代をこえて人々に感動と勇気を与え続けているのだと、あらためてベートーヴェンの偉大さを感じます。

あわせて演奏されるのは、ヴァイオリンの名曲の数々です

 いろいろな国で、さまざまな時代に書かれた、私が大好きな作品ばかりです。数えきれないほど何度も演奏していますが、毎回新しい発見があります。特にヴァイオリンの場合は、その日の天気やホールの響き、立つ位置、共演するピアニストの響きなど、いろいろな条件に応じて自然と演奏が変わるので、いつも新鮮です。
 全曲が聴きどころ! みなさんに楽しんでいただけましたら嬉しいです。

取材・文:高坂はる香(こうさかはるか)

音楽ライター、編集者。大学院でインドのスラム支援プロジェクトを研究。その後2005年よりピアノ専門誌の編集者として、ピアニストや世界の国際ピアノコンクール等の取材を行う。2011年よりフリーランスとして活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体への寄稿のほか、「クラシックソムリエ検定公式テキスト」の編集などを手掛ける。著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル

夜クラシックVol.25

2020年10月6日(火)19:30開演

文京シビックホール 大ホール

出演

ヴァイオリン/前橋汀子
ピアノ/松本和将

曲名

エルガー:愛の挨拶
マスネ:タイスの瞑想曲
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン
ほか

料金《全席指定・税込》

S席 3,000円 A席 2,000円

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