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ユーリ・テミルカーノフ指揮 サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団

2018年11月11日(日)15:00開演 文京シビックホール 大ホール

文:柴田克彦

“ロシア最古のオーケストラ”サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団

サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団

 国を代表する名門オーケストラには、彼らだけがもつ揺るぎない風格がある。ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、シカゴ響、ロンドン響、パリ管……どれもそうだ。ロシアでそれにあたるのがサンクトペテルブルグ・フィル。光輝で重量感を湛えたこのロシアの横綱が、巨匠ユーリ・テミルカーノフに率いられ、文京シビックホールに4度目の登場を果たす。今年はテミルカーノフの80歳と同楽団の音楽監督就任30周年が重なる記念イヤー。それに相応しいオール・ロシアン・プログラムが用意され、同国きっての名ピアニスト、ニコライ・ルガンスキーも加わって、“文京シビックホールでしか聴けない”コンサートが展開される。

 サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団は、ロシア最古のオーケストラ。起源は、1772年に設立された「ペテルブルグ音楽協会」にまでさかのぼる。同協会のオーケストラは、1802年に設立された「ペテルブルグ・フィルハーモニー協会」のもとで発展。1824年にはベートーヴェンの「荘厳ミサ曲(ミサ・ソレムニス)」の世界初演も行った。その伝統を引き継ぎ、現楽団の直接の母体となったのが、1882年に皇帝の勅令で設立された「宮廷付属オーケストラ」。同楽団は何度か名を変え、1924年に「レニングラード・フィルハーモニー交響楽団」となった。また、一連の活動を通して、チャイコフスキーの名作の世界初演や、マーラー、ブルックナーの交響曲などのロシア初演を行い、ニキシュ、ワルター、クレンペラーなど西欧の著名指揮者が多数指揮台に立った。

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 1938年には、35歳のエフゲニー・ムラヴィンスキーが音楽監督・首席指揮者に就任。50年に亘ってその座に君臨した彼は、厳格な指導で最高級のアンサンブルを構築し、鋼のように強靭なサウンドと一糸乱れぬ演奏で、西側諸国に衝撃を与えた。一世を風靡した当コンビは、来日公演も含めて幾多の驚異的名演を展開。それらは今なお語り草となっている。そして1988年ムラヴィンスキーが逝去し、ユーリ・テミルカーノフが同ポストに就任。1991年には楽団名が現在の名称となった。

ユーリ・テミルカーノフ

 テミルカーノフは、現代の巨匠指揮者の一人。1938年コーカサス地方に生まれた彼は、レニングラード音楽院で学び、1968~77年サンクトペテルブルグ交響楽団の首席指揮者・音楽監督、1977~88年マリインスキー劇場の芸術監督・首席指揮者を歴任。1988年から今日まで、サンクトペテルブルグ・フィルの音楽監督・首席指揮者を務めている。また、1992~98年ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(イギリス)の首席指揮者、2000~06年ボルティモア交響楽団(アメリカ)の首席指揮者・音楽監督、2009~13年パルマ王立劇場(イタリア)の音楽監督を務めるなど、欧米でも活躍を続け、2015年には、読売日本交響楽団から名誉指揮者に推挙された。

 彼はサンクトペテルブルグ・フィルの歴史上、楽員の覆面投票によって選ばれた唯一の指揮者だが、楽員を支配せず、同等の立場をとっている。それゆえ同楽団は、最高度の技量をのびのびと発揮。テミルカーノフは楽団の持ち味である緊密なサウンドに、艶やかな色彩感と柔らかみを加え、ゴージャスかつ表情豊かな演奏を実現した。彼は、指揮棒を持たず、僅かな手の動きで、魔法のように自在の音を引き出す。30年のコンビネーションはもはや“あうんの呼吸”。彼が掌を上げるや否や豊潤な音が湧き出てくる。欧米でも活躍するグローバルな音楽性、内に秘めたロシア的なパッション、そしてノーブルな品格を併せ持つテミルカーノフが手兵と共に生み出す芳醇な音楽は、聴く者に無類の充足感を与えてくれる。

文京シビックホールに特別な思いを抱くテミルカーノフ

 当コンビは、文京シビックホールと特別な関係を築いてきた。最初に登場した2011年11月は、ラフマニノフの交響曲第2番とチャイコフスキーの交響曲第4番という重量級の2曲で快演を披露。これは関東では文京シビックホールのみのプログラムでもあった。ホールの音響と聴衆の反応に感銘を受けたテミルカーノフは、「マーラーの交響曲第2番『復活』を、ぜひここで取り上げたい」と要望。2度目となる2014年1月に、日本ツアーで唯一この曲を披露し、壮絶きわまりない名演を展開した。

 3度目は2016年6月のリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」とチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。このゴージャスなプログラムも、関東では文京シビックホールのみで披露された。また2015年6月、テミルカーノフは、文京シビックホール開館15周年を祝う公演に登場し、読売日本交響楽団を指揮してマーラーの超大作・交響曲第3番を演奏。満場の喝采を浴びた。
 つまり彼らは、毎回“文京シビックホールでしか聴けない”プログラムを用意し、ホールに特別な思いを抱くテミルカーノフのもとで、渾身の名演を聴かせている。

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過去の公演チラシ

巨匠が紡ぐ最高峰のサウンドと最強のソロで味わうロシア名曲プログラム

 ロシアを代表する交響曲と協奏曲が並んだ今回の「ロシア名曲プログラム」もまさしくそうだ。チャイコフスキーの交響曲第5番は、東京では文京シビックホールのみで演奏され、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、本ツアーでこの1回のみ披露される。しかも通算4度目にして初の協奏曲演奏が加わり、ロシアきっての名手ニコライ・ルガンスキーがソロを務めるという、“2度美味しい”豪華版となっている。
 チャイコフスキーの交響曲第5番は、ロシアの全交響曲の中でも屈指の人気を誇る名作。円熟を極めた後期に生み出され、シリアスさ、甘美さ、情熱、歌、迫力等々、同作曲家の魅力が満載されている。さらには、サンクトペテルブルグ・フィルの前身のフィルハーモニー協会のオーケストラが作曲者の指揮で初演した作品であり、ムラヴィンスキー時代のレニングラード・フィルがチャイコフスキーの交響曲の中で最も得意とした1曲でもある。今回はそうした本家ならではの王道表現を体感できるのはもちろん、テミルカーノフのナチュラルかつノーブルな音楽性が生み出す、通常のロシア勢とはひと味違った優美さや奥行きをも味わえる。しかも、当コンビが文京シビックホールで披露するチャイコフスキー“三大交響曲”の最後の一作だけに、総決算となる名演が期待される。

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©Marco Borggreve/Naive-Ambroisie

 ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番も、ロシアの同分野の中で最上位の人気作。甘美な旋律と抒情味に溢れたロマンティックな音楽が、超絶技巧を要するダイナミックなピアノと重厚なオーケストラによって連綿と展開され、ポピュラー音楽に編曲された第2楽章や第3楽章の名旋律も聴きものとなる。

 今回ソロを、文京シビックホール初登場のルガンスキーが弾くのも嬉しい限りだ。1972年モスクワ生まれの彼は、1994年のチャイコフスキー国際コンクールで最高位(1位なしの2位)を獲得後、世界的に活躍。完璧なテクニックと力強く鋭敏なタッチ、ドラマティックかつ情感豊かな音楽で、賞賛を浴びている。中でもラフマニノフは、協奏曲全曲等の名録音でも知られる十八番中の十八番。彼は、作曲者特有の膨大な音符を全て明確に奏しながら、その細かな動きを美しいフレーズとして表現し、生気と精彩に充ちた音楽を聴かせてくれる。

 筆者はこれまで、ルガンスキーほど説得力があるラフマニノフの協奏曲演奏を耳にしたことがない。まして今回は、本場最高のコンビがバック(この曲では濃厚なオーケストラ部分も重要)を務めるだけに、絶対の聴きものだ。
 巨匠が紡ぐ最高峰のサウンドと最強のソロで味わうロシア名曲プログラム。この日しか体験できない極上のコンサートを、どうかお見逃しなく!

ユーリ・テミルカーノフ指揮 サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団

2018年11月11日(日)15:00開演 文京シビックホール  大ホール

公演情報

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プロフィール

柴田 克彦(しばた・かつひこ)

音楽マネージメント勤務を経て、フリーの音楽ライター・評論家&編集者となる。
「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「CDジャーナル」「バンド・ジャーナル」等の雑誌、公演プログラム、宣伝媒体、
CDブックレットへの取材・紹介記事や曲目解説等の寄稿、プログラム等の編集業務を行うほか、講演や一般の講座も
受け持つなど、幅広く活動中。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。
文京シビックホールにおける「響きの森クラシック・シリーズ」の曲目解説も長年担当している。