~ばっちり予習~オススメ公演の聴きどころ指南 日本と海外の伝統楽器の魅力を再発見する「日本の響き、世界の調べ」公演を司会の薦田治子氏が徹底解説。これを読めば公演がより一層楽しめること間違いなし。

日本の響き、世界の調べ ~ 第2回 琵琶とシルクロード~東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて~

2017年11月25日(土)17:00開演 文京シビックホール小ホール

文:薦田治子(武蔵野音楽大学教授)

琵琶の世界

 琵琶は、古代と中世の日本人にとって最も身近な楽器のひとつでした。その誕生の地は遠く、ササン朝ペルシャにあって、その祖はバルバトという楽器です。下膨れの輪郭を持ち、4弦で、糸巻を収める糸蔵が後方に折れ曲がったこの楽器の仲間は、シルクロード沿いの各地の遺跡の壁画や浮彫に描かれています。中国で琵琶となり、さらに日本に伝わり、当時の美しい姿を正倉院の宝物の中に見ることができます。

 一方、バルバトはアラブ世界ではウードと呼ばれ、イベリア半島経由でヨーロッパに入り、ルネサンスからバロックにかけてリュートと呼ばれて大流行することになります。

 琵琶とその仲間の楽器は、その形や装飾にも工夫が凝らされたものが多く、またしばしば古今東西の説話や詩にも歌われ、この楽器に込められた人々の思いの深さが伺えます。

 今回の演奏会では、琵琶とその仲間の楽器たち、ウード、中国琵琶、リュート、日本の琵琶(平家琵琶、薩摩琵琶)を、一堂に集めて、その音の世界を聴き比べてみようと思います。

「楽器の女王」ウード

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ウード

 ウードは、今日に至るまで「楽器の女王」と呼ばれ、独奏に、合奏に、歌の伴奏にとアラブ音楽の中で、中心的な役割を果たしています。また、音楽理論を考えるうえでもこの楽器が大切なよりどころになっています。薄い木材を貼り合わせて作られた膨らんだ共鳴胴を持ち、表板には、美しい透かし彫りをはめた共鳴孔があります。弦は、基本的に複弦で、5コースないし6コース、つまり同音に調弦された2本一組の弦が数コース張ってあって、薄くて細長い小さなプレクトラム(撥〈ばち〉)を用いて弾きます。

アラブ音楽の魅力といえば、何と言っても、半音よりも狭いデリケートな音程を含む独特なメロディや、複雑精緻な理論に基づいて、次々と即興的に紡ぎ出される音の世界にあるといってもいいでしょう。当日は、拍の無いリズムで演奏される即興的なタクスィームと、サマイという形式の器楽曲をお聴きいただきます。繊細かつダイナミックなウード音楽の魅力をお楽しみいただけると思います。

松田 嘉子

「大絃??如急雨、小絃切切如私語」中国の琵琶(ピパ)
 

邵 容

 唐代の中国には「琵琶」と呼ばれる楽器が何種類かありました。なかでも「曲項(頸〈くび〉が曲がっている)琵琶」と呼ばれた四弦の楽器が、バルバトの系譜を引いています。
 薄い木材を貼り合わせて作られたバルバトの胴は、シルクロードを伝わってくるうちに、厚い板状の木材をくりぬいて作られるようになりました。その結果、中国の琵琶は、ずっと胴のふくらみが小さくなり、一方で楽器の重さは重くなります。
 四弦の琵琶は、当初、撥(ばち)で演奏されていましたが、唐代の末あたりから指で演奏するようになり、フレット(楽器の棹〈さお〉部分に取り付けられた勘所)の数も増え、それにつれて、複雑なメロディーを演奏することができるようになりました。フレットを押さえる指を自由に動かすため、横抱きにしていた楽器をだんだん縦に持つようになりました。19世紀から20世紀にかけて、多くの名人演奏家が出て器楽的に大変発達しました。当日はそれらの名人芸を駆使した作品を紹介します。「大絃(太い低音弦)は大きな音で激しく鳴って急な大雨のようだ。小絃(細い高音弦)は切々と鳴って囁くようだ」と白居易(はくきょい)がその詩『琵琶行(びわこう)』の中で描写したように、勇ましい表現から細やかで優しい表現まで自由自在の中国琵琶の世界をお聴きください。

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中国琵琶

「宮廷人のたしなみ」ルネサンス・リュート
 

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リュート

 アラビア語のウード(ud)に定冠詞alがついたal-udが、リュートの語源だといわれています。アラブ圏からヨーロッパに伝わったリュートは、15世紀から17世紀にかけて大流行し、ここでもアラブのウード同様、「楽器の女王」の名をほしいままにします。
 ルネサンス・リュートの形はウードによく似ていて、複弦(同音に調弦された2本一組の弦)を用いることも共通していますが、ネック(棹〈さお〉)にはガット(羊の腸で作ったヒモ)を巻き付けた可動式フレットがあり、プレクトラム(撥〈ばち〉)ではなく、指で弾きます。
 18世紀後半に、リュートはあまり使われなくなりますが、20世紀にヨーロッパの「古楽」への関心が高まり、それに呼応して、リュートも復活しました。こうした経緯から、リュートで演奏される曲は、ヨーロッパの古楽、ルネサンスやバロックの作品が中心となっています。当時の宮廷人を魅了した上品で繊細な響きを楽しんでいただければと思います。

坂本龍右

日本の琵琶―伝統と変容

 7世紀から8世紀にかけて、遣唐使が、中国に伝わった四弦と五弦の二種類の琵琶を日本に持ち帰りました。五弦琵琶は、美しい螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)が正倉院に一面残るのみで、早く使われなくなってしまいましたが、四弦琵琶は、雅楽のなかで、今日までほぼ伝来当初の形のまま演奏され続けていますし、この楽器から江戸時代にはユニークな薩摩琵琶が生まれることになります。

「祇園精舎の鐘の声」平家琵琶

田中奈央一

©浜松市楽器博物館

 平安時代に、巷の盲人音楽家たちは雅楽の琵琶を取り入れ琵琶法師と呼ばれるようになりました。琵琶法師は鎌倉時代に『平家物語』を語って活躍したので、琵琶法師の琵琶は平家琵琶と呼ばれます。基本的には雅楽琵琶と同じ楽器ですが、柱(フレット)の数が雅楽琵琶よりひとつ多く、5つあります。『平家物語』はやがて古典音楽となり、江戸時代終わりまで、儀式音楽や稽古事として演奏され続け、以後も細々と今日まで伝えられました。当日お聴きいただくのは、滝口入道と横笛との悲恋物語です。また当日昼に開かれるワークショップでは『平家物語』冒頭の一句、「祇園精舎」を実際に皆様に語ってみて頂きます。

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平家琵琶

©浜松市楽器博物館

「サムライの琵琶」薩摩琵琶

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薩摩琵琶

 1674年、日本の琵琶の歴史に一大事件が発生します。中世以来の琵琶法師は、16世紀に三味線が伝来すると、これを琵琶に持ち替えて活躍するようになりますが、九州地方の琵琶法師の間で、営業権をめぐって争いがおこり、負けたほうの琵琶法師は、1674年に三味線を取上げられてしまったのです。そこで流行おくれの琵琶を三味線風に改造して、ユニークな琵琶を考案します。

 柱(フレット)を大きく高くして、その柱間を抑え込むことでいくつもの音が出せるようにしたのです。この改造琵琶から、江戸時代中期には薩摩琵琶が、明治時代になってからは筑前琵琶が生まれ、この2種の琵琶は、明治後半から昭和の初めにかけて全国的に大流行しました。中でも、薩摩琵琶は、「サムライの琵琶」として、近代化する日本の人々を熱狂させました。

中村鶴城

©東京文化発信プロジェクト

 当日最後の演奏には、薩摩琵琶の系譜につらなる鶴田琵琶の演奏で、「壇ノ浦」を聞いていただきます。大きな撥を用いたドラマチックな表現が、薩摩琵琶の真骨頂です。幼帝安徳天皇を抱いて入水する二位尼・・・平家一族滅亡の場面が、あざやかに甦ります。

 当日午前中のワークショップでは実際に楽器に触っていただくことも可能です。

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☆ 同日開催☆

「日本の響き、世界の調べ公演関連ワークショップ」

参加者募集!(締切:10月27日(金)必着)

詳細はこちら

プロフィール

文 薦田治子 (こもだはるこ)

日本音楽研究家。東京藝術大学および同大学院博士課程にて音楽学を学ぶ。2002年にお茶の水女子大学より学位を取得。東京芸術大学講師、お茶の水女子大学助教授を経て、現在武蔵野音楽大学教授。専門は、平家の音楽的研究、琵琶の楽器史、盲僧の歴史的研究など。平家琵琶奏者今井勉との共同企画監修CD『琵琶法師の世界―平家物語』は芸術祭レコード部門大賞を受賞。平家語り研究会主宰。