人気アーティストの演奏による極上の音楽で安らぎのひとときを・・・
夜クラシック 2020-2021シーズン
全4回ラインアップ紹介
テーマ曲「月の光」で始まり、人々を安らぎのひとときへと誘う"夜クラシック"。
平日の夜、お仕事帰りでも余裕を持ってご来場いただける19時30分の開演、
一流アーティストの演奏とトークが楽しめる約90分間の室内楽コンサートです。
文:高坂 はる香
文京シビックホールの「夜クラシック」は、一般的な演奏会より少し遅めの19時半開演。出演者によるトークを交えた1時間半のコンサートで、ゆったりとした雰囲気の中、上質な音楽を楽しむことができる人気シリーズだ。
7年目を迎える2020-2021シーズンの出演者の顔ぶれは、レジェンドと呼ばれる名手から新進気鋭の若手まで、多彩にして豪華。
国際的ヴァイオリニストのパイオニアとして日本のクラシック音楽界を牽引してきた前橋汀子や、2007年チャイコフスキー国際コンクールのヴァイオリン部門で優勝した神尾真由子が初登場。また、若手ヴァイオリニストとして注目を集める山根一仁がシリーズに再登場する。
さらに夜クラシックおなじみのピアニスト、仲道郁代と、ヴァイオリニストの成田達輝、チェリストの上野通明によるトリオは、2018年1月の初共演が好評につき、2度目の登場を果たす。
クラシック通も、そうでない方も、存分に楽しむことができる多彩なラインアップが揃った。そんな来シーズンの聴きどころをご紹介する。
Vol.25
2020年7月2日(木)19:30開演
前橋汀子
©篠山紀信
松本和将
出演:ヴァイオリン=前橋汀子 ピアノ=松本和将
曲目:エルガー/愛の挨拶
モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ第17番 ハ長調 K.296
マスネ/タイスの瞑想曲
サン=サーンス/序奏とロンド・カプリチオーソ
サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン
ほか
2017年に演奏活動55周年を迎え、同年春の旭日小綬章を受章するなど、日本のクラシック音楽界を代表する存在として輝き続ける、ヴァイオリニストの前橋汀子。
前橋は、戦後日本の音楽界を牽引する多くの人材を育てた「桐朋子供のための音楽教室」で学び、その後、ソ連のサンクトペテルブルク音楽院に留学。同音楽院が共産圏以外から留学生を受け入れたのは、これが初めてのことだったという。こうして世界への第一歩を踏み出した彼女の、その後の国際的な活動は、日本のクラシック音楽界の扉を世界に開いたパイオニアといって良い重要なものだった。
そんな伝説の大ベテランが、夜クラシックに初登場する。共演は、松本和将。東京藝術大学、ベルリン芸術大学で学び、ソリストとしてはもちろん、室内楽奏者としてもその実力が高く評価されているピアニストだ。世代をこえて刺激しあい、信頼を寄せ合う二人は、すでに10年にわたって共演を重ねている。
今回二人が届けてくれるのは、美しく親しみやすいメロディを持つ、名曲中の名曲ばかり。
「エルガー/愛の挨拶」や「マスネ/タイスの瞑想曲」では、前橋の気品あふれる優美なヴァイオリンの表現を、また、「サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン」のような楽曲では、卓越した技巧、情熱的な深いサウンドを存分に堪能できるだろう。朗らかで輝かしい音楽が流れるモーツァルトのヴァイオリン・ソナタK.296における、ピアノとヴァイオリンの生き生きとした掛け合いも聴きものだ。
トークも交えた演奏会ということで、"レジェンド"の素顔も垣間見られるかもしれない。
Vol.26
2020年9月18日(金)19:30開演
仲道郁代©Kiyotaka Saito
成田達輝©Marco Borggreve
上野通明
出演:ピアノ=仲道郁代 ヴァイオリン=成田達輝 チェロ=上野通明
曲目:ベートーヴェン/チェロ・ソナタ第4番ハ長調 op.102-1
ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調 op.30-3
ベートーヴェン/ピアノ三重奏曲第7番「大公」
シリーズへの登場は6度目。初登場のピアノ・ソロ以降、2台ピアノ、弦楽器とのアンサンブルなど、「夜クラ」ファンにさまざまなスタイルの音楽の楽しみを教えてくれている、ピアニストの仲道郁代。
来シーズンは、2017-2018年シーズンの初共演が好評を博した、成田達輝、上野通明という若手奏者とのトリオで、シリーズに再登場する。
ヴァイオリンの成田達輝は、桐朋女子高等学校卒業後フランスで学び、ロン=ティボー国際音楽コンクール、エリザベート国際音楽コンクールという主要コンクールで上位入賞。以来、ソリストとして、室内楽奏者として大活躍する才能だ。一方、チェロの上野通明は1995年生まれ。桐朋学園大学で学んだのち、ドイツで名チェリスト、ピーター・ウィスペルウェイに師事。ブラームス国際音楽コンクールやルトスワフスキ国際チェロコンクールで上位入賞を果たし、次代を担う若手として注目される存在だ。仲道もまた桐朋学園で学んでいるので、その意味では先輩後輩トリオということになる。
今回3人がテーマ曲の「月の光」に続けて演奏するのは、生誕250周年を迎えるベートーヴェン。30代半ばから40代半ばの十数年間に書かれた、「チェロ・ソナタ第4番」 、「ヴァイオリン・ソナタ第8番」、そして「ピアノ三重奏曲第7番『大公』」という、それぞれに表情の異なる楽曲を取り上げる。
2020年はベートーヴェンの作品を取り上げる演奏会が増えることだろう。この公演では、室内楽の魅力をたっぷりと味わっておきたい。
Vol.27
2020年11月13日(金)19:30開演
神尾真由子
ミロスラフ・クルティシェフ
©Takaaki Hirata
出演:ヴァイオリン=神尾真由子
ピアノ=ミロスラフ・クルティシェフ
曲目:プロコフィエフ/5つのメロディ Op.35bis
プロコフィエフ/ヴァイオリン・ソナタ第2番
ほか
2007年、第13回チャイコフスキー国際コンクールヴァイオリン部門で優勝し、一躍世界の注目を集めた神尾真由子。そして、同じ回のピアノ部門で最高位となった、ロシアのピアニスト、ミロスラフ・クルティシェフ。世界最高峰のコンクールの覇者によるデュオが、夜クラシックに初登場する。
二人が初めて共演したのは、同コンクールのガラコンサート日本ツアーでのことだったという。その後、公私ともにパートナーとなり、ソロやデュオで充実した演奏活動を続けてきた。コンクールから10年余り。各人、その音楽性はますます深まってきたところだ。
今回演奏されるのは、サンクトペテルブルク音楽院で学んだクルティシェフにとってはいわば大先輩にあたる作曲家、プロコフィエフの珠玉の作品たち。
「5つのメロディ Op.35bis」は、プロコフィエフが、アメリカ亡命中に書いた歌曲をヴァイオリンとピアノのために編曲した作品。しっかりとした芯を持ち、なおかつしなやかに歌う神尾のヴァイオリンが、作品の美点を浮き彫りにするだろう。
「ヴァイオリン・ソナタ第2番」は、原曲はフルートとピアノのための作品で、第二次世界大戦中の1944年に編曲が行われたもの。プロコフィエフらしい鮮烈な和音とリズムが聴かれる部分では、息の合った二人ならではの、ヴァイオリンとピアノによる緊密な掛け合いが繰り広げられるだろう。
「夜クラ」恒例の曲間のトークがどんなものになるのかもあわせて、楽しみにしたい公演だ。
Vol.28
2021年2月19日(金)19:30開演
(左から 山根一仁、田原綾子、毛利文香、上野通明)
©Hideki Shiozawa
出演:エール弦楽四重奏団
ヴァイオリン=山根一仁、毛利文香
ヴィオラ=田原綾子 チェロ=上野通明
曲目:シューベルト/弦楽四重奏曲第14番ニ短調D810「死と乙女」
ほか
来シーズンのフィナーレを飾るのは、エール弦楽四重奏団。2019年2月Vol.20での演奏が記憶に新しいヴァイオリンの山根一仁に加え、毛利文香(ヴァイオリン)、田原綾子(ヴィオラ)、そして仲道郁代とのトリオに続く再登場となる上野通明(チェロ)が、息のあったアンサンブルを聴かせる。
日本の若手として抜群の存在感を放つ彼らは、2011年、桐朋学園の高校在学中に結成された。「エール」はフランス語で「翼」を意味するというが、その名の通り、アンサンブルとしてはもちろん、個々にも世界に羽ばたく活躍で注目されている。
メインの演目は、「シューベルト/弦楽四重奏曲第14番『死と乙女』」。作曲家が若き晩年を前に苦難を抱きつつ創作活動を行っていた、20代半ばの作品。彼らはかねてから本作に取り組んでいるが、彼ら自身シューベルトがこの曲を書いた年齢に近くなった今、音楽にどう寄り添い、そこに宿る精神を表現するのだろうか。大いに期待したい。
来シーズンは、名曲を楽しめる公演、記念年のベートーヴェンにどっぷり浸る公演、20世紀のプロコフィエフを堪能する公演など、クラシックのさまざまな楽しみ方を体験できるプログラムがバランスよく用意されている。
また、夜をコンセプトとしたコンサートならではのシリーズテーマ曲「ドビュッシー/月の光」は、今回もさまざまな演奏家により披露される。ときには原曲のピアノソロではない編成で演奏されるので、一つの楽曲が違った表情を見せるさまを目の当たりにする、興味深い体験となるだろう。
ぜひ、シリーズセット券で、幅広い音楽の魅力を味わってほしい。新しい音楽、そして新しい演奏家との出会いが待っているはずだ。
取材・文:高坂はる香(こうさかはるか)
音楽ライター、編集者。大学院でインドのスラム支援プロジェクトを研究。その後2005年よりピアノ専門誌の編集者として、ピアニストや世界の国際ピアノコンクール等の取材を行う。2011年よりフリーランスとして活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体への寄稿のほか、「クラシックソムリエ検定公式テキスト」の編集などを手掛ける。著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」