オススメ公演の聴きどころ指南 「日本の響き、世界の調べ 第4回 さまざまな声、さまざまな歌」

~ばっちり予習~

オススメ公演の聴きどころ指南

文京シビックホールの注目公演を音楽ライターが徹底解説。
これを読めば公演がより一層楽しめること間違いなし。

東京2020応援プログラム
日本の響き、世界の調べ 第4回 さまざまな声、さまざまな歌
~東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて~

2019年11月9日(土)14:00開演 文京シビックホール 小ホール

文:薦田治子(武蔵野音楽大学教授)

はじめに

 東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて、トークを交えて日本と世界のさまざまな音楽を聴き比べようというシリーズ「日本の響き、世界の調べ」。この企画ならではのグローバルな視点から、毎回新しい発見と刺激に満ちた演奏会が続いている。この秋はその第4弾として「さまざまな声、さまざまな歌」をお聴きいただく。

 人がつよい思いをもったとき、その思いはしばしば「歌」になる。民俗学者で歌人の折口信夫は、「歌」の語源は「訴ふ(うったふ)」だという。歌は生身の人間の声を用いる。そこには人の思いが直接映し出されている。世界中の民族音楽を調査して歩いた小泉文夫によれば、楽器を持たない民族はあっても、歌をもたない民族はいないという。歌に映し出される思いも民族によりさまざまである。

 今回の企画は、声に注目して、ふたつの切り口から世界各地の歌を取り上げる。ひとつは、声の出し方が特殊な歌で、アイヌとモンゴルの歌を取り上げる。もうひとつは、朗々と声を響かせて歌う歌で、日本民謡とスペインのカンテ・フラメンコを紹介する。



アイヌの歌

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    早坂 駿

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   川上さやか

 アイヌの人々には、かつて豊かな音楽や踊りの文化があった。厳しい自然のなかで、雨や風、嵐や雷の音、森の動物や鳥の声に耳を傾け、ときにそこに神の声を聞き、その声をまねして森の生き物たちに歌いかけ、そして祈った。日本が近代化を進める中で、アイヌの伝統的な生活様式は大きな変化を迫られたが、先祖の歌や物語を大切に伝えてきた人々や、その大切さに気付いた研究者たちの努力が実って、今日では若い世代を中心に、その復興や伝承、それらを元にした新たな創造活動などが活発化している。2020年4月には国立アイヌ民族博物館を中心とするウポポイ(民族共生象徴空間)もオープンし、そうした活動の拠点となる予定である。

 当日は、川上さやかさんと早坂駿さんのおふたりの若手によるアイヌの伝統的な歌を紹介する。レクㇷカラは、向かい合った二人の歌い手が、両手をメガホン状にして口に当て、交互に歌うゲームで、楽しく不思議な歌声が聴ける。また、アイヌの子守歌には、ホロルセとよばれる独特の巻き舌を使った声を聴くことができる。巻き舌は子供をあやすためという。ウポポは、労働や踊りなど、様々な場で歌われる即興的な歌だが、手拍子をとりながら、1拍ずつずらして輪唱の形で歌うこともある。二人の旋律が絡み合って、一人ずつ歌った場合とはまったく違った旋律が聞こえてくるのが面白い。



ホーミー(モンゴルの歌)

 モンゴルの歌といえば、いちどに2つの声を出すというホーミーと、日本の追分節にも似たオルティン・ドーという民謡が有名である。
 ホーミーは、喉を絞めてしわがれ声にも似た低い声を出しながら、一方で口の形や舌の位置を変えて口笛のような高い声を出して旋律を歌う。モンゴルの西部地域でおもに伝えられてきたが、現在ではモンゴルを代表する歌のひとつとしてウランバートルの国立民族歌舞団などでも伝承されている。

 低い声を出すには、腹筋をしっかり鍛えておくことが大切だという。そのために、想像を絶するトレーニングを行うという。どんなトレーニングなのか知りたい、また一度に二つ声を出すという体験がしたい方は、10月20日に行われるワークショップへの参加がおすすめ。ボルドエルデネさんから直接ホーミーの歌い方を教わることができる。モンゴルの草原地帯で育ったボルドエルデネさんにとって、低い声は、少年時代に家畜の世話をしながら毎日見ていたモンゴルの大草原であり、高い声による旋律は、遙かに望む山々のスカイラインなのだという。

 当日は、モンゴル民謡のオルティン・ドーも紹介する。これは、この企画の二つ目のテーマである「朗々とした歌」の例でもある。その歌声は力強く輝かしい。ショランハイという高音のサビの部分の声も美しく魅力的である。



日本民謡

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        小杉真貴子

 人々の生活の中から生まれ、地域の人々に歌い継がれ、そして第二次世界大戦後には、全国的な流行を巻き起こした日本民謡。近代化の中で都会に出てきた人々にとって、故郷の民謡の歌声は、大きな心のよりどころであった。今もまた、民謡に故郷を思う人々は少なくないであろう。いっぽうで、都会のこどもたちは学校の運動会でノリのよい現代風のソーラン節を踊り、商店街ではヨサコイが歌い踊られる。今も民謡は私たちの身近にあって、進化し続けている。

 日本の民謡には、追分節のように朗々と歌い上げるタイプの民謡と、ソーラン節のように拍子にのせて歌うタイプがある。また、東北民謡と九州民謡では、声の使い方が違うという。さらに、民謡は、歌い継がれる中で、節回しも変わっていく。有名なあの民謡の節回しが昔はこんなメロディだったなどということもざらである。民謡というと素朴な歌というイメージがあるかもしれないが、じつは歌い継がれつつ練り上げられてきた声の技巧が満載である。そして、民謡の声の技巧といえば、なんと言ってもコブシである。日本を代表する民謡歌手の小杉真貴子さんから、声のあれこれを伺いながら、さまざまな民謡の声を紹介する。最後は小杉さんの十八番、佐渡おけさ。伸びやかで張りのある声と、洗練されたコブシで歌い上げられる小杉さんの佐渡おけさは絶品である。



カンテ・フラメンコ

 フラメンコというと、私たちはすぐ舞踊を思い浮かべるが、本来のフラメンコは、カンテ・フラメンコ、つまり歌である。バイレ(舞踊)もトーケ(ギター)もカンテ(歌)から発展した。カンテ・フラメンコはスペイン南部のアンダルシア地方に住み着いたヒターノ(ロマ)たちが歌い始め、19世紀の半ばからカンテを楽しむカフェが流行してスペイン全土に広まった。第2次世界大戦後には、フラメンコの舞踊ショーを見せるタブラオという店が流行し、フラメンコはリバイバル期を迎える。ペニャと呼ばれる愛好家クラブが各地に誕生し、歌手を招いたり、自ら歌ったり、あるいはコンクールやフェスティヴァルを開くなどして、今日まで、カンテ・フラメンコが楽しまれている。
 差別や偏見の中で、貧しい生活を強いられたヒターノの歌は、激しい情感に満ちている。特にカンテ・ホンド(深い歌)とよばれる歌は、深い悲しみや生きることの苦しみを、ボス・アフィジャーという独特の声で、朗々と歌い上げる。当日のカンタオール(歌手)、マヌエル・デ・ラ・マレーナさんは、フラメンコの中心地のひとつヘレス・デ・フロンターレでフラメンコの名門ファミリーに生まれ、フラメンコ・ファンの多い日本でも、もっとも人気のある歌手のひとりである。なお、カンテ・フラメンコの魅力を歌って体験したい人のために、10月13日にはエンリケ坂井さんによるワークショップが行われる。

プロフィール

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薦田治子(こもだ はるこ)

日本音楽研究家。東京藝術大学および同大学院博士課程にて音楽学を学ぶ。2002年にお茶の水女子大学より学位を取得。東京芸術大学講師、お茶の水女子大学助教授を経て、現在武蔵野音楽大学教授。専門は、平家の音楽的研究、琵琶の楽器史、盲僧の歴史的研究など。平家琵琶奏者今井勉との共同企画監修CD『琵琶法師の世界―平家物語』は芸術祭レコード部門大賞を受賞。平家語り研究会主宰。

  

日本の響き、世界の調べ 第4回 さまざまな声、さまざまな歌 連載コラムまとめ

当財団の広報紙「文京アカデミースクエア」(2019年8月号~10月号)にて、3回にわたり掲載していたコラムをご覧ください。

その1 アイヌの歌

文:千葉伸彦(音楽学/アイヌ音楽)

 日本北部に暮らすアイヌ民族の言語、アイヌ語には「音楽」にあたる言葉が見当たりません。それにもかかわらず、その暮らしは歌で満ちていたと、20世紀半ばに研究者 が記しています。当時、アイヌには、自分の気持ちを歌う歌や、子守歌、作業歌、祭りのときの集団の歌など、多数の種類があるだけでなく、物語や、祈り言葉、正式な挨拶、今でいう裁判の論告のような場面など、暮らしの様々な場面でメロディー付きの言葉が語られていました。それらは「音楽」という名でくくられることはありませんでしたが、たしかに暮らしにはメロディーがあふれていたと言えます。そうした豊かな音楽的伝承は歴史の中で厳しい外圧と環境変化により変容し、一時縮小しましたが、近年 では若い世代を中心に、アイヌ語や歌や踊りを含むアイヌ文化の復興に向けて努力が重ねられている状況です。
 
 アイヌの歌には、いわゆるドレミの音楽とは異なる性質が含まれています。独特な声の用法があり、旋律は時として音程よりも音色の変化が重視されます。そこで紡ぎ出されるメロディーは、少し不思議で、とても楽しい音楽世界を構築しています。歌は聞かせるものというよりも自分たちで楽しむためのものであったようです。

 いくつかのキーワードでアイヌの歌を見て行きましょう(地域差により別の呼称や、内容に差異がある場合があります)。

ウポポイ(国立民族共生象徴公園)体験交流ホールグループ.jpg

  ウポポ【ウポポイ(民族共生象徴空間)舞踊グループ】
            写真:(公財)アイヌ民族文化財団】

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        レクㇷカラ【Sayo、詩乃 】
                       写真:千葉

 ウポポ
 「歌」のジャンル名です。典型的な歌い方として、漆器の蓋の部分を打楽器として囲み、数人で円座して歌います。
  ウコウㇰ
 アイヌ独特の輪唱形式です。私たちが知る輪唱(カノン)はメロディーを1フレーズずつずらして歌い、各声部を縦に重ねてハーモニーを作りますが、ウコウㇰは、メロディーを1拍ずつずらして歌います。各声部の音は音色・音域ごとに横につながり、新たなメロディーが聞こえてきます。
  レクㇷカラ
 子どもや女子の遊びと言われています。二人で向かい合い、メガホン状にした両手を連結して歌います。最近、50年の空白を経て一部が復元されました。
  ユカㇻ(英雄叙事詩、英雄の物語)
 神話・SF・アクション・ファンタジーといった要素が入りまじる、現代の娯楽映画のような、楽しく壮大な物語です。
  カムイユカㇻ(神謡、神々の物語)
 きつね、雷など、様々な神が、一人称で語る一種の寓話です。典型的な形式では、神のテーマとなる短いメロディーと、ストーリー部分が交互に語られます。
  その他
 子守歌、ヤイサマネナ(即興歌・叙情歌)、男の踏舞、皆で歌う作業歌や様々な踊りの歌など、多くの種類があります。

 2020年4月に北海道白老町ポロト湖畔に開館する民族共生象徴空間「ウポポイ」(国立アイヌ民族博物館と国立民族共生公園)では、より詳しい内容を紹介し、また、体験することができます。


その2 モンゴルの歌

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   ホーミー【モンゴル】/
          B.ボルドエルデネ

文:梶浦靖子(音楽学/モンゴル音楽) 
 
 ホーミーは、一人で同時に二つの音を発声する技法で、モンゴルの主に西の地域に伝承されてきました。声帯で低くビリビリとした金属的な響きの音声を発しながら、それを口腔や鼻腔に共鳴させ、倍音成分を強調して鳴らすことでかなり高い音声を作り出し、それでメロディーを奏でるものです。「倍音唱法」と説明されることもあります。発声時の声帯の状態や共鳴させる部位によって、音色が変わり、演者によっては数種類の発声法を使い分けます。

 モンゴルの民謡は大きく二種類に分けられます。そのうちオルティン・ドーは「長い歌」という意味で、自由なリズムで声を長く引き延ばして歌われるものです。もう一つは規則正しいリズムで歌われるボギン・ドー(「短い歌」)です。

 オルティン・ドーの歌唱には息の長さと声量の豊かさが求められます。喉の奥を打撃するような装飾的発声や裏声などを用いて、輝くような力強い響きを持ちながらも、抒情的で繊細な表現も駆使して歌われます。歌詞の内容は、家族や恋人への愛情、故郷の自然の美しさや優れた馬を讃えるものが多く、人生の意味やこの世の理(ことわり)に思いを巡らせたものも少なくありません。祝い事の席では必ず歌われるなど、モンゴルの伝統音楽の中でも特に重要で高い地位を占めています。

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 オルティンドー【モンゴル】/
          G.バトツェツェグ

 モリン・ホールはモンゴル民族の代表的な楽器の一つで、「馬の楽器」と訳すこともできます。楽器の棹の先端には馬の頭部が彫刻されており、2本の弦と弓ともに束ねた馬の尾毛でできています。共鳴胴の全面は古くは皮張りでしたが、現在は木版でf字形の共鳴孔を持つものが多く用いられています。日本では「馬頭琴(ばとうきん)」の訳語でも知られています。オルティン・ドーなどの民謡の伴奏のほか、民謡のメロディーや、馬の動作を模した独奏曲などを演奏します。

 モリン・ホールという楽器の起源に関するさまざまな民話がモンゴル各地に伝えられていますが、その多くが「死んだ愛馬の形見として、その馬の尾毛などを用いて作った楽器」という点で共通しています。モンゴル民族の馬に対する愛情や尊重、神聖視などの感情が込められた楽器と言えます。

 モンゴルの、民謡などの伝統音楽のほとんどが半音のない五音音階に基づいている点が、日本の民謡やわらべうたなどと似通っています。そのためか、モンゴル音楽に初めて触れる日本人の心にも、不思議と懐かしい感覚や郷愁を呼び起こすことが多くあります。そんなモンゴル音楽の一端をこの機会に是非味わっていただきたいと思います。


その3 カンテ・フラメンコ

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 カンテ・フラメンコ【スペイン】/
         エンリケ坂井 [ギター]

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 カンテ・フラメンコ【スペイン】/
  マヌエル・デ・ラ・マレーナ [カンテ(歌)]

文:エンリケ坂井 

 カンテとはフラメンコの歌を指します。フラメンコにはカンテ(歌)とトーケ(ギター)、バイレ(踊り)があり、日本では踊りがフラメンコを代表するものと思われていますが、実はフラメンコの土台を成すのはカンテであり、すべてのギターや踊りのレパートリーはカンテから生まれたのです。

 歴史的には、東西の文明の坩堝(るつぼ)で歌や踊りの盛んなスペイン南部アンダルシア地方に15世紀半ばヒターノ達(ロマ)が住みつき、この地の音楽を取り入れて創り上げたものが核となりました。さまざまな形式が生まれ発展して、200年程前にはだいたいの形が出来あがったと言われています。

 音楽的な特徴としてはミの旋法と呼ばれる「ミ」を主音とした調性を中心に西洋音楽の長調や短調も使われます。リズムは12拍子、6拍子、5拍子、4拍子など多彩で複雑であり、この芸能に重要な役割を果たしています。

 カンテの世界の中心を成すのはカンテ・ホンド(深い歌)と呼ばれるジャンルで、これを歌うにはボス・アフィジャー(ひび割れた力強い声)が良いとされていますが、要は地声であればどんな声でも歌うことはできるのです。

 踊り歌、聴くための歌がありますが、歌詞の内容はさまざまです。悩み、苦しみ、恋、死、貧しさ、喜びなどありとあらゆる人間の感情を表現しますが、中でもカンテ・ホンドでは肉親との別れ、死、迫害、恨みごと等、深刻な歌詞が多く、ヒターノ達は歌うことによって憂さを晴らし苦しみを癒したのです。

 優れた歌い手が出現した事により、カンテはそれを聴く人に感動を与え、歌う人だけでなく聴く人の心も癒すアートとなり、やがて19世紀半ばには専門の店が出来て職業的に歌い、踊り、弾くアーティスト達が増え、その競い合いからカンテのみならず踊りもギターも大きく発展し、世界中に広がっていきました。日本はスペインに次いで愛好家が多い国なのです。


東京2020応援プログラム
日本の響き、世界の調べ 第4回 さまざまな声、さまざまな歌
~東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて~

2019年11月9日(土)14:00開演

文京シビックホール 小ホール

出演

アイヌの歌【日本】/川上さやか、早坂 駿 [(公財)アイヌ民族文化財団]
ホーミー【モンゴル】/バータルジャブ・ボルドエルデネ
オルティン・ドー【モンゴル】/ガンホヤグ・バトツェツェグ
民謡【日本】/小杉真貴子[唄]、米谷和修[尺八]、藤本松和[三味線]
カンテ・フラメンコ【スペイン】/マヌエル・デ・ラ・マレーナ [カンテ(歌)]、エンリケ坂井 [ギター] 
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司会/薦田治子(武蔵野音楽大学教授)
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料金

3,000円<全席指定・税込>
学生割引  1,500円    ※シビックチケットでのみ受付

お問い合わせ

シビックチケット 03-5803-1111(10時~19時/土・日・祝休日も受付。)

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