スペシャルインタビュー 響きの森クラシック・シリーズVol.75

川久保賜紀(ヴァイオリン)
スペシャルインタビュー

休館前、文京シビックホール主催公演の最後を飾る「響きの森クラシック・シリーズVol.75」
ベートーヴェン生誕250年を記念した、小林研一郎 指揮による
オール・ベートーヴェンシリーズの締めくくりでもある本公演を前に
出演予定の川久保賜紀(ヴァイオリン)に、楽曲等への思いを伺いました。

響きの森クラシック・シリーズVol.75

2021年3月27日(土)15:00開演 文京シビックホール 大ホール

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指揮/小林研一郎
ヴァイオリン/川久保賜紀
管弦楽/東京フィルハーモニー交響楽団

【曲目】
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
ベートーヴェン:交響曲第7番




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©Yuji Hori

ヴァイオリン

川久保賜紀

Tamaki Kawakubo


2001年サラサーテ国際ヴァイオリン・コンクール優勝、2002年チャイコフスキー国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門最高位受賞以来、クラシックから現代まで、幅広いレパートリーを手がけ、国内外でリーディングソリストとして活躍を続けている。若くして、ロサンジェルス・フィル、デトロイト響、ヒューストン響、シンシナティ響、ボルティモア響、サンフランシスコ響、クリーヴランド管など主要な北米オーケストラと共演し、豊富なステージ経験を積む。日本では1997年、チョン・ミョンフン指揮アジア・フィルのソリストとしてデビュー。同年、ニューヨークのモーストリー・モーツァルト・フェスティバル・オーケストラの日本ツアーに迎えられ、その飛躍的な成長と演奏活動に対して、リンカーンセンターより、エヴリー・フィッシャー賞を受賞。以後、日本主要オーケストラと共演を重ねる他、インバル指揮ベルリン響、K.ヤルヴィ指揮ウィーン・トーンキュンストラー管、フェドセーエフ指揮モスクワ放響、プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管などと共演し、高度な技術と作品の品位を尊ぶ深い音楽性に高い評価を得ている。近年は小菅優とのデュオでドイツ・ツアーを行い、またワシントンなどで自ら企画するコンサートを行うなど、コンサート・プロデューサーとしての才能も発揮、リサイタルだけではなく室内楽にも積極的に取り組み、究極のアンサンブルを追求し続けている。
近年では欧米での活動と並行し、P.ヤルヴィ/NHK交響楽団、P.インキネン/日本フィルハーモニー交響楽団、小泉和裕指揮/東京都交響楽団、鈴木優人指揮/オーケストラ・アンサンブル金沢など国内主要オーケストラとの共演のほか、小菅優とのソロ&室内楽プロジェクト、遠藤真理と三浦友理枝とのトリオでの活動も行い、幅広く展開している。
後進の指導にも積極的に取り組み、2018年より桐朋学園大学院大学(富山校)教授に就任。
5歳の時にヴァイオリンを始め、 R.リプセット、D.ディレイ、川崎雅夫、Z.ブロンの各氏に師事。

オフィシャル・ホームページ: http://www.tamakikawakubo.com/


取材・文 高坂はる香

オペラのようなストーリーを感じる作品

─今度の「響きの森クラシック・シリーズVol.75」では、小林研一郎さん指揮、東京フィルハーモニー交響楽団と、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を共演されます。ヴァイオリニストにとっては重要なレパートリーの一つだと思いますが、この曲を初めて演奏されたのはいつごろですか?

 12年ほど前のことです。日本での演奏会でしたが、当日が近づいてきたときの気持ちは、とてもよく覚えています。「明日本番だ、どうやって演奏すればいいのだろう!」と、すごく弱気になっていましたね。きっと、これほどのすばらしい協奏曲なのだから絶対に良い演奏をしたいという気持ちと、もしできなかったらどうしようという不安があったからだと思います。
 もっと若いうちから勉強していたら、感じ方は違ったのかもしれません。でも、なぜかそれまで手をつけることがないまま、よく言われる「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は難しい」「大人にならなくては演奏できない」というイメージだけが、頭にインプットされてしまったように思います。触れずにそっとしておく時間が長過ぎたのかもしれません(笑)。

─今は作品のどんなところに魅力を感じますか?

 作品に複雑なすばらしさがあり、また難しさもあるところが、大きな魅力だと思います。
 ロマン派の協奏曲のように、オーケストラもソロパートもシンプルに盛り上がるという曲ではありません。情熱があからさまに見えるわけではないのです。
 ある意味とてもピュアで、そのなかにある情熱をうまく表現することがとても難しい。ちょっとしたハーモニーのおかげで、すごく心に触れるものが生まれたりします。
 ベートーヴェンは、父親のことや、恋愛、健康についてなど、多くの悩みを抱えていました。でも、もしかしたらその苦悩する感情をすぐ表に出す人ではなく、まず自分の中で解決しようとするタイプだったのではないかと思います。そういうところが、この作品からは感じられますね。
 冷静な音楽の中で、情熱の出し方を探っていく。そのバランスをうまくとることは、簡単ではありません。

─明るい雰囲気で始まり華やかに閉じられるので、今の時期に聴いたら気分が晴れそうな作品ですが、楽曲にどんなストーリーを感じますか?

 私の中では、オペラのようなストーリーを感じる作品というイメージです。冒頭の長いトゥッティ(※1)からオペラの始まりのようで、そこにメインのソプラノが現れ、ストーリーが展開していきます。第2楽章は、管楽器とのデュエットがあって、愛の物語のようです。第3楽章は、秋も深まり寒くなってきた頃、人々が外で火を焚いて、お酒を飲みながら賑やかにお祭りをしている場面のよう。1800年代のヨーロッパの風景を思い浮かべます。
(※1)オーケストラによる合奏

"マジック"のかけ方を突き詰めていけたらいいな

─何度か演奏を重ねるなか、新しく発見したことなどはありますか?

 これはどの協奏曲を演奏する上でも言えることですが、特にこの作品では、自分のパートの中だけで作り上げようとしてはいけないと、改めて感じています。
 例えばチャイコフスキーなどのロシア音楽を演奏する時だと、どのくらい情熱的なヴィブラートをかけるか、お腹から響くような広い音域の音を鳴らすかを考えながら、ソロパートを練習していきます。
 でもベートーヴェンの場合は、まずはオーケストラ・パートにしっかり寄り添って音楽を作り、その中で色やタイミングを少しずつ変えていくという音楽の作り方が求められます。この秋に仙台で演奏する機会があった時には、初めからアプローチを変えて、改めて録音を聴いたり楽譜を読んだりしていきました。
 今度の演奏では、さらにそこにプラスして、音符と音符の間の"マジック"のかけ方を突き詰めていけたらいいなと思っています。

─ベートーヴェン は、ピアノ協奏曲ではカデンツァ(※2)やそれにまつわる指示を書き、さらに、このヴァイオリン協奏曲をピアノ協奏曲版に編曲したときにも、ピアノ用のカデンツァは書いています。それなのに、ヴァイオリンのソロ用にはカデンツァを書きませんでした。ソリストとしては、カデンツァを選ぶ楽しみがあるということになりますか?

 本当に、なぜ書いてくれなかったのかなと思いますが(笑)。これまでは、一番よく演奏される定番のカデンツァ(ヨーゼフ・ヨアヒムの手によるもの)を演奏してきましたけれど、今度の公演では普段あまり聴かないものにしてもおもしろいかもしれないと考えているところです。みなさんが聴き慣れていないものを選ぶ可能性もありますが、今後もいろいろ挑戦してみたいです。
(※2)協奏曲などの中で、ソリストが即興的な演奏をする部分

一番大きく感じるようになったのは、"感謝の気持ち"

─世の中が大変な状況の中、ベートーヴェンの作品はどのような存在だとお考えでしょうか?

 2020年のベートーヴェン・イヤーも、本当ならもっと盛り上がるはずだったのでしょうね。ベートーヴェンの音楽には、シンプルに心が癒されるというのとは少し違う、独特のピュアさというか、人それぞれの受け取り方の可能性のようなものがあると思います。
 もちろん、落ち込んでいるときに聴く方もいらっしゃると思いますが、ピアノ協奏曲「皇帝」にしろ、月光ソナタにしろ、夢中でその音楽を聴いている中で、どんな感情も感じ取ることができると思うのです。そこがすばらしいところだと感じます。

─今回は小林研一郎さんとの共演です。マエストロの印象は、いかがですか?

 これまで何度か共演させていただいていますが、ソリストがしっかりオーケストラに合わせる場面で軌道修正が必要なとき、的確にアドバイスをしてくださって、とても演奏しやすかった思い出があります。過去に共演したことのあるマエストロとの再共演は、音楽の創り方もある程度知った状態で臨むことができるので、楽しみな気持ちがより一層増しますね。

─コロナ禍では、ステージに立つことが、より特別なのではないかと思いますが、感じるものに変化はありましたか?

 やはり一番大きく感じるようになったのは、"感謝の気持ち"ですね。演奏会の時間をお客様と共有させていただけることがどれほどすばらしいものかを実感しています。客席に皆さんがいらっしゃることで、生きているエネルギーが会場の空気を変えてくれます。
 足を運んでそこで音楽を聴いている時間は、世の中がどんなに大変でも、つかの間忘れることができる。すばらしいことです。本番に対しての愛情や、楽しいという気持ちを、改めて思い出しました。

─ところで、文京シビックホールには何か思い出がありますか?

 10年ほど前、日本に来ると必ず叔母の家に滞在していたのですが、当時叔母は文京区に住んでいたので、よく二人でラクーアのスパに行っていました。文京シビックホールを横切って、本当に何回も通いました。だから今でもこちらでコンサートがあると思うと、ラクーアの近くだから温泉に入れると嬉しくなります。一昨年リニューアルされて、新しく炭酸温泉ができたこともチェック済みです(笑)。私、温泉が大好きなんです。
 音楽と全然関係ない話で、ごめんなさい(笑)。

─最後に、公演を楽しみにしているみなさんにメッセージをお願いします。

小林研一郎さんとの共演、ベートーヴェンの協奏曲、文京シビックホールと、私にとっては全て楽しみな要素ばかりのコンサートです。世の中はまだ難しい状況にありますが、3月、無事に公演が開催され、みなさまにお会いできることを願っています。それまで、どうぞお元気でお過ごしください。

プロフィール

取材・文:高坂はる香(こうさかはるか)

音楽ライター、編集者。大学院でインドのスラム支援プロジェクトを研究。その後2005年よりピアノ専門誌の編集者として、ピアニストや世界の国際ピアノコンクール等の取材を行う。2011年よりフリーランスとして活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体への寄稿のほか、「クラシックソムリエ検定公式テキスト」の編集などを手掛ける。著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル

響きの森クラシック・シリーズVol.75

2021年3月27日(土)15:00開演

文京シビックホール 大ホール

出演

指揮/小林研一郎
ヴァイオリン/川久保賜紀
管弦楽/東京フィルハーモニー交響楽団

曲名

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
ベートーヴェン:交響曲第7番

料金

《全席指定・税込》
S席5,000円<完売>
A席4,000円<予定枚数終了>
B席3,000円<予定枚数終了>

お問い合わせ

文京シビックホール(公益財団法人文京アカデミー)
ホール事業係 03-5803-1103(平日9:00~17:00)

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