スペシャルインタビュー 荘村清志×武満 徹

~2021年2月19日(金)「荘村清志×武満 徹~武満 徹生誕90年記念~」~ 

荘村清志(ギター)
スペシャルインタビュー

文京区で生まれ一時期を過ごした、文京区ゆかりの作曲家・武満 徹。
武満 徹生誕90年を記念し、生前より深い親交のあった荘村清志によるギターリサイタルを開催!
武満 徹とのエピソードや、本公演への意気込みをうかがいました!

荘村清志

©Hiromichi NOZAWA

ギター

荘村清志

Kiyoshi Shomura

9歳よりギターを始める。1963年に巨匠イエペスに認められ、翌年スペインで師事。
69年日本デビュー、71年には北米で28に及ぶ公演を行い、国際的評価を不動のものにした。74年にはNHK教育テレビ「ギターを弾こう」に講師として出演し、一躍全国にその名と実力が知られることになった。
2008年ビルバオ交響楽団の定期演奏会に出演。同団とは《アランフェス協奏曲》を録音、09年にCDをリリース、日本ツアーのソリストとして同行し好評を得た。2015年10月にはイ・ムジチ合奏団と共演、レコーディングを行った。17年から20年にかけてギターの様々な可能性を追求する「荘村清志スペシャル・プロジェクト」(全4回)に取り組んでいる。第1回は17年にさだまさしと、第2回は18年6月(いずれも東京オペラシティコンサートホール)にcoba、古澤巌、錦織健と共演し、ジャンルの垣根を越えたコラボレーションが話題となった。19年はデビュー50周年に当たり、5月に初のバッハ・アルバム「シャコンヌ」をリリース、全国各地でリサイタルを行った。10月には朝日新聞の連載「人生の贈りもの」(全15回)に取り上げられ話題を呼んだ。20年3月には大友直人指揮 東京都交響楽団とcobaの新作を含む全3曲の協奏曲を演奏予定。現在、東京音楽大学客員教授。


取材・文:高坂はる香  写真:星ひかる

熱心な野球ファンだとは、予想外でした(笑)

ー武満さんとのお付き合いは、20代半ばだった荘村さんが、ギターのための作品を書いてほしいと直接依頼をしたことに始まるそうですね。

 当時、ギターのためのオリジナル作品を増やしたいと思い、三善晃さんや間宮芳生さんなど作曲家の先生方に依頼をしていました。そんな中、やはり武満さんにもお願いしたいと、面識もないまま、勇気を出して連絡したのです。
 一度自宅に遊びに来なさいと言われ、約束の朝9時に訪ねたら、どうやら武満さんは約束を忘れていたようだったのですが、無事中に入れていただき、一年後の1974年7月のリサイタルのために曲を書いてほしいとお願いしました。とはいえ、すぐにお返事をいただけたわけではなく、それから週に1回、武満さんを訪ねるようになりました。
 当時の私は、午前中は寝ていて午後は練習、夜になると飲みにいくという夜型の生活を送っていました。あるとき二日酔いのまま朝9時に武満さんを訪ねたら「君、二日酔いじゃありませんか?」とバレてしまって。昨夜、深酒してしまったと答えたら、「それなら今度からは夜来なさい。一緒に飲みましょう」と言われたのです。それからは、夜6時ごろに訪ね、食事をしながらお酒を飲み、いろいろな話をするようになりました。これをきっかけに打ち解けて、5回くらい通った頃、ついに曲を書くと言っていただけたのです。
 このときたまたま野球の話になって、どこのファンか聞かれたので素直に巨人と答えたら「それじゃあ書くのやめた。僕は阪神だから」って。慌てて今日から阪神ファンになりますといったら、それならいいだろうと......あんな哲学的な顔をしていらして、まさか熱心な野球ファンだとは、予想外でした(笑)。

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そうして出来上がったのが「フォリオス」ですね。

 はい。武満さんにとって、最初のギター作品でした。翌年の3月には3曲とも完成したので、しっかり弾きこんで本番に臨むことができました。ちなみに楽譜を受け取った瞬間、私は巨人ファンに戻りました(笑)。
 フォリオスIIIは、最後の部分にバッハ「マタイ受難曲」のコラールの一節が出てきますが、これは武満さんが作曲をする際、必ず「マタイ」の一節をピアノで弾くかLPで聴いて気持ちを新たにすることから来ているそうです。
 またこのとき、アンコール用に「オーバー・ザ・レインボー」をギターソロにアレンジしてくださいました。これをきっかけに、誰もが知っている美しいメロディをギター用にアレンジした曲でレコードを作ろうということになって、ロック、ジャズ、唱歌など、様々なジャンルの名曲を集めた「12の歌」が出来上がりました。
 あとで奥様の浅香さんから聞いた話によると、当時私があまりに"クラシック"を意識して肩肘張っているように見えたから、もっと純粋に美しいメロディに酔いしれて弾いたらいいのにという気持ちで、こういうレパートリーを作ってくれたそうです。そこまで考えてくださっていたと知って、感激しました。

ー良い音楽にジャンルは関係ないということを、作品を通じて伝えようとしていらしたのですね。

 そうですね。普段から武満さんはあらゆるジャンルに興味を持ち、演奏会や映画など、常に感動を求めてアンテナを張っていらっしゃいました。
 ちなみにこの「12の歌」の録音は本当に大変でした。とにかく注文が細かくて、途中で投げ出したくなるほど(笑)。おそらく、武満さんにはっきりとした理想のイメージがあったことと、シンプルなメロディだからといってイージーに演奏してほしくないという想いがあったからだと思います。
 それに対して、「フォリオス」を録音したときはほとんど何も言われませんでした。自作の新曲については、演奏家がどう解釈して弾くのかを楽しんでいらっしゃるようなところがありました。

ー最初に武満さんの作品を受け取った時は、どんな印象を持ちましたか?

全て必要な音で、無駄な音が一つもないと感じました。どの音もおろそかにできないという緊張感がありましたね。

サイコロのない麻雀なんて絶対にイヤだ!

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ー武満さんとの交流の中で印象に残っていることは?

 あるとき、麻雀ができるのなら一緒にやろうという話になって、急に武満さんの渋谷のご自宅に伺ったことがありました。いざ始めるとなったら、親を決めるため最初に振るサイコロが見当たらない。仕方ないからトランプか何かで代用することになったのですが、武満さんは、サイコロのない麻雀なんて絶対にイヤだ!と怒り出してしまったんです。何を言っても聞かないから、浅香さんもオロオロしてしまって。"世界のタケミツ"がこんなことで怒っちゃうの?と驚きましたが、でも、ああいう少年のようなところが残っているからこそ、天才的な作品が書けるのだろうとも思いました。
 周りの人を楽しませることも大好きで、カラオケでものまねを披露してくれたり。サービス精神が旺盛な方で、一緒にいて本当に楽しかったです。その後、多摩湖の近くに引っ越されて遠くなってしまいましたが、それでもよく遊びに伺っていました。箱根に2泊3日で麻雀旅行に出かけたこともありました。

ー今回は武満さん最晩年の作品も演奏されます。

 晩年はがんのため虎の門病院で療養されていました。お見舞いに伺ったあと届いたハガキに、病室で荘村のために曲想を練っていると書いてありました。1995年の秋、一時退院して長野県にいるので、完成した曲の楽譜を取りに来てほしいと電話がありました。このときに受け取った「森のなかで」は3曲からなる作品で、1曲目はジョン・ウイリアムズ、2曲目は私、3曲目はジュリアン・ブリームのために書かれています。武満さんは翌年2月に亡くなられたので、この時にお会いしたのが最後となってしまいました。
 今回のコンサートで、ゲストの斎藤和志さんに演奏していただくフルートソロの「エア」も、同じ頃に書かれた作品です。この頃の作品の音には、ご家族はじめ、我々演奏家や世界の友人からの愛を感じ、穏やかで平和な時間を過ごしていた武満さんの心境が表れているように感じます。
 今回はそのほか、「不良少年」、「ヒロシマという名の少年」といった映画のための作品、合唱曲からのアレンジ作品である「島へ」など、シンプルなメロディが美しい曲も演奏します。シリアスな現代音楽とは一味違った武満さんの魅力も、多くの方に知っていただきたいです。
 私と武満さんの出会いから別れまでの作品を追う選曲となっています。

ギターの素朴さと表現力に、武満さんは惹かれていたのでないかと思います。

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ー武満さんにとって、ギターのために作曲することはどういうことだったと感じますか?

 オーケストラやピアノに比べて、ギターは音が小さく音域も狭いですが、和音も奏でられるし、メロディを弾くときにはヴィブラートをかけて歌わせることができます。その素朴さと表現力に、武満さんは惹かれていたのでないかと思います。

ー武満さんの作品を弾き続ける中で、感じることに変化はありますか?

 始めはただ一生懸命に弾いていたのが、音色など、こう弾きたいというアイデアが増えました。同時に、慣れている作品でも一度ゼロの状態に戻し、今こみ上げてくる感覚に従って演奏することを大切にしています。練習時に決めたプラン通りに弾こうとすると、ステージでの音楽が"缶詰"のようになってしまいます。

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 先日、スペイン、ビルバオ出身の87歳のピアニスト、ホアキン・アチュカロさんの演奏を聴いたのですが、究極の歌心を持つ、別格のピアニストだと思いました。ピアノもギターと同じように音が減衰する楽器ですから、真の歌心がないと、間が持たずにどんどん次に進まざるを得なくなります。でも彼は、私が想像する以上にたっぷりとためてから次の音を鳴らすのです。
 若い頃は、楽譜通りノーミスで速く弾くこと、大きな音を鳴らすことに捕われがちですが、そこに本当の感動はありません。間を持たせてゆっくり歌うための感性は、意識して努力を続けることで増していくのではないかと思います。私も、10年後にはもっとそのアイデアが増えているようでありたいですね。

取材・文:高坂はる香(こうさかはるか)

音楽ライター、編集者。大学院でインドのスラム支援プロジェクトを研究。その後2005年よりピアノ専門誌の編集者として、ピアニストや世界の国際ピアノコンクール等の取材を行う。2011年よりフリーランスとして活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体への寄稿のほか、「クラシックソムリエ検定公式テキスト」の編集などを手掛ける。著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル

荘村清志×武満 徹~武満 徹生誕90年記念~

2021年2月26日(金)19:00開演  ※2020年5月29日より延期

文京シビックホール 小ホール

出演

ギター/荘村清志、横村福音
フルート/斎藤和志
トークゲスト/武満真樹

曲名

フォリオス

「ギターのための12の歌」より
  オーバー・ザ・レインボー
  失われた恋
  ロンドンデリーの歌

「森のなかでーギターのための3つの小品」
  ウェインスコット・ポンドーコーネリア・フォスの絵画からー
  ローズデール
  ミュアー・ウッズ(1996年初演/演奏=荘村清志)

エア
ヒロシマという名の少年
島へ
不良少年
海へ

料金《全席指定・税込》

4,000円 【学生割引】3,000円
※学生割引は2/1(月)よりシビックチケットのみ(窓口・電話予約)で販売。
※ご入場時に必ず学生証を提示ください。提示が無い場合は、当日受付にて通常価格との差額をお支払いいただきます。


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