«響きの森クラシック・シリーズ》は、日本最古の歴史を誇る東京フィルハーモニー交響楽団が、一流指揮者&ソリストと共におくる名曲の数々を、年4回味わえる人気公演。土曜午後の開催と相まって幅広いファンを集め、17年も続くロングセラーとなっている。
2019ー2020シーズンは、4回中2回出演し、初めてニューイヤー・コンサートを振る東京フィルの首席指揮者バッティストーニに、おなじみの小林研一郎、久々に出演する大友直人が加わった指揮者陣と、5年ぶりに登場する清水和音、シリーズ初登場の村治佳織、ニューイヤー・コンサートを彩る豪華な歌手達が並んだソリスト陣、ロシアの華麗な名作が揃ったプログラムなど、密度の濃いラインアップが用意されている。
©Rowland Kirishima
大友直人が9年ぶりに当シリーズに登場。気鋭のピアニスト、鈴木隆太郎がフレッシュな共演を果たす。
1958年生まれの大友直人は、日本フィル、東響、京都市響等のポストを歴任し、現在は群響の音楽監督、東響の名誉客演指揮者、京都市響の桂冠指揮者、琉球響の音楽監督を務めるほか、オペラの指揮、プロデュースや教育面でも活躍する多才なマエストロ。端正な中にもコクのある音楽が独自の魅力をなしている。
1990年生まれの鈴木隆太郎は、高校卒業後に渡仏してパリ国立高等音楽院で学び、2015年のイル・ド・フランス国際ピアノ・コンクール第1位ほか多数の賞を受賞している俊英ピアニスト。現在はエリソ・ヴィルサラーゼのもとで研鑽を積みながら、欧米のオーケストラとの共演、各地の音楽祭への出演やリサイタルを行い、2017年にはクラヴェス・レーベルよりデビューCDもリリースしている。
プログラムには、ロシアの大規模な名曲が2つ並ぶ。まずラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、近代ロシアの大家にして大ピアニストだった作曲者がピアニズムの粋を尽くした作品。ロマンティックな香りが横溢し、複数のメロディが映画音楽やポピュラー音楽になったこの曲を、温かい音色と瑞々しい感性をもった鈴木がいかに聴かせるか?終始耳目を離せない。
後半の「シェエラザード」は、管弦楽の達人リムスキー=コルサコフが「アラビアン・ナイト」の世界を音で描いた色彩感溢れる作品。ヴァイオリンをはじめ様々な楽器のソロが登場するので、東京フィルの名手たちの妙技も堪能できる。これは、ピアノとオーケストラの名人芸が結集された、鮮やかなプログラムだ。
東京フィルの首席指揮者アンドレア・バッティストーニが4年連続で登場。5年ぶりの出演となる人気ピアニスト、清水和音と共演する注目の公演だ。
1987年イタリア生まれのバッティストーニは、欧州主要歌劇場やオーケストラに20代から出演を続ける超俊才。日本では、東京フィルを指揮した「ローマ3部作」「トゥーランドット」等の壮絶な名演で皆を驚嘆させ、2016年同楽団の首席指揮者に就任後も多大なインパクトを与え続けている。その演奏は、熱気と躍動感に溢れ、緻密かつ気宇壮大。オーケストラの醍醐味を存分に堪能させてくれる。
清水和音は、完璧な技巧と美しい音色、豊かな音楽性を兼ね備えた、日本を代表する名ピアニスト。国内の主要楽団はもとより、ロンドン響、マリインスキー歌劇場管等と共演し、リサイタルや室内楽でも第一線で活躍している。冒頭の『運命の力』序曲は、イタリア・オペラを代表する管弦楽曲。これはダイナミックな快演必至だ。2曲目のショパンのピアノ協奏曲第1番は、甘美でロマンティックな名作。バッティストーニとの初共演でその才能に惚れ込んだ清水は、デビュー35周年の2016年にも彼の指揮でブラームスの協奏曲2曲を熱演しているだけに、今回はいつにも増して緊密な演奏が展開されるであろう。
©Takafumi Ueno
©Mana Miki
後半は、ムソルグスキーの発想力と“管弦楽の魔術師”ラヴェルの手腕が融合した「展覧会の絵」。サンクトペテルブルクで長く過ごしたバッティストーニは、ロシア音楽への思い入れが強い上、同曲を『運命の力』序曲とのカップリングで東京フィルと録音し、濃密かつ生気漲る演奏を展開している。それゆえコンビの成熟度を増した今回への期待は大きい。
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当シリーズの名物となった《ニューイヤー・コンサート》。2020年はバッティストーニがお得意のオペラ物や管弦楽曲を披露する。演目には究極の名アリアが並び、ソリストも名歌手揃い。内容はいつにもまして豪華だ。
前半のアリアは、バッティストーニの十八番プッチーニの作品が主軸を形成する。歌うのは、ソプラノの木下美穂子、メゾ・ソプラノの清水華澄、テノールの小原啓楼の3名。いずれも第一線の舞台で主役を張る、今が旬の歌手たちだ。しかも3人は、2018年2月の二期会『ローエングリン』の主要3役で共演し、木下と清水は、2018年秋に全国で上演されたバッティストーニ指揮の『アイーダ』にも出演しているので、波長が合ったステージとなる。
最初の『ラ・ボエーム』は、主役2人が恋に落ちる第1幕後半の名場面。ここは、大胆かつこまやかな木下と、力強く伸びのある小原の声の競演に酔いしれたい。『カルメン』の「ハバネラ」は、音楽性豊かな清水の妖艶な歌唱、『ホフマン物語』の「舟歌」は、木下と清水の美しいハーモニーが聴きもの。さらには、欧米各地で当役を歌い、「世界で屈指の蝶々夫人」と賞される木下の「ある晴れた日に」、清水の「恋とはどんなものかしら」、小原の「誰も寝てはならぬ」と、ご存じの名歌が続く。
後半の「ロメオとジュリエット」と「1812年」は、2年続けて当シリーズをチャイコフスキー・プログラムで沸かせたバッティストーニが、雄弁かつ情熱的に聴かせる。「ロメオとジュリエット」ではロマンティックな音楽が濃厚に表現され、「1812年」では圧倒的な迫力が満場を興奮させるに違いない。
ラストは、コバケン&村治佳織のスター競演。プログラムも極め付けの人気作揃いだ。
小林研一郎はもはや当シリーズの顔。現在、日本フィル桂冠名誉指揮者、ハンガリー国立フィルおよび名古屋フィルの桂冠指揮者、読売日響の特別客演指揮者等を務めており、2019年4月から群響のミュージック・アドバイザーにも就任するなど、精力的な活動を続けている。“炎のマエストロ”と呼ばれ、パワーと情熱に溢れた指揮で大きな感動を与える彼は、80歳を目前にしてますます円熟味を加えているだけに、毎回聴き逃せない。
当シリーズ初登場の村治佳織は、クラシックの枠を超えた人気ギタリスト。20枚におよぶCDは常にベストセラーを記録し、テレビ番組やCM等を通しても知られた存在だ。彼女のギターの魅力は、温かな音色と聴く者を惹きつける表現力。ここはじっくりと耳を傾けたい。
1曲目の「エグモント」序曲は、コバケンの力強い表現が聴きもの。2曲目の「アランフェス協奏曲」は、スペイン情趣と哀愁に充ちたギター協奏曲の代名詞であり、第2楽章のテーマはポピュラー音楽にもなっている。村治は、同曲を2度録音し、作曲者ロドリーゴに会った経験もあるだけに、注目度は高い。
最後は交響曲史上屈指の人気作「新世界より」で締めくくる。コバケンは、かつてドヴォルザークの故郷チェコを代表するチェコ・フィルの常任客演指揮者を務めるなど、この国にも縁が深く、今回も感情のこもった名演が期待される。
©K.Miura
©Ayako Yamamoto
多彩な魅力満載の当シリーズ。ここはぜひセット券を入手し、年4回の感動をリザーブしよう。
©K.Miura
音楽マネージメント勤務を経て、フリーの音楽ライター・評論家&編集者となる。
「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「CDジャーナル」「バンド・ジャーナル」等の雑誌、公演プログラム、宣伝媒体、
CDブックレットへの取材・紹介記事や曲目解説等の寄稿、プログラム等の編集業務を行うほか、講演や一般の講座も
受け持つなど、幅広く活動中。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。
文京シビックホールにおける「響きの森クラシック・シリーズ」の曲目解説も長年担当している。