~ばっちり予習~オススメ公演の聴きどころ指南 文京シビックホールの注目公演を音楽ライターが徹底解説。これを読めば公演がより一層楽しめること間違いなし。

夜クラシックVol.14

2017年9月28日(木)19:30開演 文京シビックホール大ホール

文:高坂はる香

フランス系の重要なヴァイオリン作品と、バッハ<シャコンヌ>の濃密なプログラム

 19時半と少し遅めの開演、ドビュッシー<月の光>に始まるプログラムで、素敵な夜のひとときを過ごせると人気の『夜クラシック』シリーズ。今年、十五夜目前の9月28日の公演に登場するのは、ヴァイオリニストの郷古 廉さんとピアニストの田村 響さん。ウィーン、ザルツブルクとそれぞれにオーストリアで音楽を磨いた気鋭二人がステージに立ち、聴きごたえたっぷりのプログラムを届ける。

 郷古 廉さんは1993年宮城県生まれ。2006年に史上最年少でユーディ・メニューイン青少年国際ヴァイオリンコンクールジュニア部門に優勝、2013年にはティボール・ヴァルガ シオン国際ヴァイオリン・コンクールに優勝し、ソリストとして国内外で活躍する若手ヴァイオリニストだ。16歳からウィーンに留学し、現在もウィーン私立大学で研鑽を積んでいる。

 そして田村 響さんは、ザルツブルクモーツァルテウム留学中の2008年に、弱冠20歳でロン・ティボー国際コンクールピアノ部門に優勝し、国際的なキャリアをスタートさせた。昨年はNHK大河ドラマ「真田丸」メインテーマを弾いたヴァイオリンの三浦文彰さんとの共演で全国各地を回るなど、ソロ活動だけでなく室内楽の分野でも活躍。多くの共演者から信頼を寄せられているピアニストだ。

 郷古さんと田村さんは、2017年7月に初めてトリオで共演を果たしているが、デュオでの演奏はこの『夜クラシック』のステージが初めて。郷古さんもインタビューで、田村さんとの共演でどんな新しい自分や表現を見出せるのか、とても楽しみにしていると話していた。

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©Hisao Suzuki

 さて、当夜のプログラムは、シリーズテーマ曲の<月の光>からの流れをくんで組み立てられたもので、フランス系の作品が中心だ。
 郷古さんは10歳から、フランス・カンヌ生まれの名ヴァイオリニストで指揮者のジャン=ジャック・カントロフに師事している。それもあって、フランスものには特別な親しみを感じるうえ、奏法も子どものうちに自然と身につけることができたという。今回は、そんな郷古さんが子どものころから大好きで弾き続けてきたレパートリーが、多くセレクトされている。

 プログラムは、フランス音楽らしい色彩にあふれるショーソンとドビュッシー、そしてしっかりとした構造を持つバッハとフランクという、“2組”の作品をつなげてあるそうだ。
 まず、ほぼ同じ時代のフランスに生きたショーソンとドビュッシー。ショーソンはセザール・フランクを慕う“フランキスト”の一人であり、フランクが会長をつとめたフランス国民音楽協会で書記をつとめるなど、パリ音楽界で重要な役割を果たした。交友関係も広く、彼の自宅のサロンにはさまざまなジャンルの芸術家が出入りし、その中にはドビュッシーもいたといわれている。
 <詩曲>はショーソンの代表作のひとつで、41歳の頃の作品。ショーソンが交流のあったロシアの作家、イワン・ツルゲーネフによる小説「勝ち誇る愛の歌」から着想を得て書き始められた。しかし彼は、この作品を完成させた3年後の1899年、自転車事故により他界している。
 郷古さんがこの曲に魅了されたのは小学5年生の頃。当時仙台で師事していた先生から、その歳ではさすがに音楽的に難しすぎるのではと言われても頑としてあきらめず、1日で譜読みをして勉強する許可を得た、思い出の作品だそうだ。演奏を聴けば、郷古さんがなぜそれほどまでにこの曲に魅了されたのか、その理由がわかるかもしれない。
 フランス系ヴァイオリン・ソナタの傑作とされるドビュッシーの<ヴァイオリン・ソナタ>もまた、作曲家の晩年の作。ドビュッシーが最後に完成させた作品であり、作曲家自身が公で演奏した最後の曲でもある。
 こちらも郷古さんが10代の頃から演奏し続け、弾いていると懐かしい気持ちになるレパートリーのひとつだという。ドビュッシーならではの豊かな色彩感を、変幻自在のヴァイオリンの音で存分に再現してくれることだろう。

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©武藤章

 そして骨太な2作品を集めた後半は、郷古さん単身による無伴奏の演奏でスタート。彼はすでにバッハの<無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ>第1番、第2番の録音を行っているので、バッハの無伴奏作品にじっくり向き合うことは経験済みだ。
 とくに<シャコンヌ>は「ほとんど苦行ともいえるような難しい作品」だが、「終盤で精神的な高みにのぼりつめるところにくると、毎回改めて、本当に偉大な作品だと実感する」という。ヴァイオリン1挺で奏でられるものとは思えない分厚い響きを持つ<シャコンヌ>で、その技術と表現力を余すところなく発揮してくれる。
 プログラムの最後に置かれているのは、セザール・フランクの<ヴァイオリン・ソナタ>。やはりこれも、作曲家が60代半ばを迎えていた晩年に書かれた代表作であり、ヴァイオリン・ソナタ作品の最高峰の一つと評されるもの。美しく耳になじむメロディの数々が、フランク得意の「循環形式」の手法によって、全曲にわたり登場する。確かな構造を持つ音楽の中に、オルガニストとしても活躍した作曲家ならではの、重厚な響きと情熱的な歌が生きた作品だ。見事に組み立てられた楽曲だけに、ピアノとの絶妙な掛け合い、デュオで創り上げてゆく音楽全体のストーリーにも注目したいところ。

 こうしてみると、いかに濃密なプログラムなのかがおわかりいただけるだろう。フランス系の重要なヴァイオリン作品の数々に加えて、ヴァイオリニストにとって特別なレパートリーであるバッハの<シャコンヌ>まで入っているのだ。郷古さん自身「普段のリサイタルではなかなか取り上げられないプログラム」と話しているだけに、この機会を逃す手はない。

 また、もうひとつ聴き逃すと次のチャンスが訪れないかもしれないもの。それはこのシリーズ恒例の出演者によるトークだ。
 郷古さんは24歳の若さながら落ち着いた雰囲気の青年。にぎやかにおしゃべりするのが好きというタイプではなさそうだが、実際、「トークのほうが緊張する。自分がステージで話すことは、あまりない……というか、今後二度とないかもしれない!」とのこと。
 当日は、田村さんとの掛け合いで音楽への想いを聞くことができる、貴重な機会となるかもしれない。

夜クラシックVol.14

2017年9月28日(木)19:30開演 文京シビックホール 大ホール

公演情報

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プロフィール

高坂はる香(こうさかはるか)

音楽ライター、編集者。大学院でインドのスラム支援プロジェクトを研究。
その後2005年よりピアノ専門誌の編集者として、ピアニストや世界の国際ピアノコンクール等の取材を行う。
2011年よりフリーランスとして活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体への寄稿のほか、
「クラシックソムリエ検定公式テキスト」の編集などを手掛ける。
HP「ピアノの惑星ジャーナル