©大野智嗣
1990年生まれ。10歳より小松亮太のもとでバンドネオンを始める。
2006年に別府アルゲリッチ音楽祭にてバンドネオンの世界的権威ネストル・マルコーニと出会い、その後自作CDの売上で渡航費を捻出してアルゼンチンに渡り、現在に至るまで師事。
2008年10月、イタリアのカステルフィダルドで開催された第33回国際ピアソラ・コンクールで日本人初、史上最年少で準優勝を果たす。
2015年 第25回出光音楽賞(2014年度)を受賞。
2011年5月には別府アルゲリッチ音楽祭に出演し、マルタ・アルゲリッチやユーリー・バシュメットら世界的名手と共演し、大きな話題と絶賛を呼んだ。
オーケストラとの共演も数多く、2007年の井上道義の上り坂コンサート(神奈川フィルハーモニー管弦楽団)での協奏曲を皮切りに、大阪フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、札幌交響楽団、オーケストラ・アンサンブル金沢等と共演。
CDはいずれもビクターエンタテインメント㈱よりリリース。「タンゴ・スイート」に続き、セカンド・アルバム「ブエノスアイレスの四季」はレコード芸術誌にて特選盤に選ばれる。2012年には「カーメラタンゴス」をリリース。リリース記念ツアーとして、マルコーニと東京・兵庫・名古屋で競演を果たし、白熱した演奏で聴衆を沸かせた。
2015年4月に「ス・ワンダフル~三浦一馬プレイズ・ガーシュウィン~」をリリース。
使用楽器は、恩師であるネストル・マルコーニ氏より譲り受けた銘器、Alfred Arnold。
http://kazumamiura.com/
10歳の時にテレビの音楽番組を観ていましたら、まったく知らない不思議な楽器が映りまして、そのときにはもう「この楽器が弾きたい」と思っていました。でも、どこへ行けば買えるのかもわかりませんでしたので、テレビで演奏していた小松亮太さんにいきなり連絡をとり、弟子入りを志願したのです。とはいっても楽器を触ったこともなければ、どうやって弾くのかもわかりませんから、最初は楽器を貸していただいて慣れることからでした。複雑なボタンの配列を覚えたり、ドレミファの基本的な音階が弾けるように模索していましたが、いくつかの音を覚えたときに「あの曲を弾けるかもしれない」と思って、おそるおそる弾いてみたのがピアソラの「オブリビオン」でした。嬉しかったですね。最初から練習曲などで大変な思いをせず、曲を演奏することで楽器を好きになれたということが自分の原点だったと思います。
ピアノ曲を中心に、いろいろな音楽を聴いて育ちました。今でもルービンシュタインが演奏するショパンの「マズルカ」や、シューマンの「クライスレリアーナ」など好きな曲・演奏がたくさんありますし、オスカー・ピーターソンやビル・エヴァンスなどジャズも大好きです。そういった好みがコンサートでの選曲や演奏に反映されているかもしれません。バンドネオンはタンゴの楽器として知られてきましたが、クラシックやジャズなどさまざまなタイプの音楽も演奏できますし、そうすることで楽器の可能性も広がります。自分のイメージとしてはピアソラの音楽が存在感のある木の幹であり、そこからさまざまな方向へと枝が広がって、葉が茂っているようにしたいのです。今回の『夜クラシック』でも、そういう実験的なことも含めたプログラムをお楽しみいただけると思います。
『夜クラシック』のテーマ音楽が「月の光」だとうかがい、そこからどうイメージを広げられるだろうと考えながら構成しました。同じドビュッシーの「レントより遅く」やフォーレの「シシリエンヌ」はフランス音楽の名作ですから、パリの凱旋門やシャンゼリゼ通りの風景に似合うアコーディオンの音色を思い出していただけると、バンドネオンでの演奏も違和感なく楽しんでいただけると思います。フランス音楽の流れで、プーランクの作品なども演奏したいですね。バンドネオンの師匠であるネストル・マルコーニの作品も聴いていただけるのはうれしいです。協奏曲や室内楽曲も含むバンドネオンのための曲をたくさん書いており、ピアソラよりも洗練されていて、都会的な印象が強いタンゴの音楽です。もちろん、ピアソラによる曲も、コンサートの後半に演奏しますので、前半よりも夜の雰囲気が漂うステージになるかもしれません。今回は『夜クラシック』の雰囲気を活かした選曲とプログラムですので、ぜひお楽しみください。
彼の曲はタンゴの中でも革新的だと評価されていますが、自身もバンドネオンを演奏していましたので作曲家としても演奏家としても大きな魅力を感じます。ですからバンドネオンを弾いている以上は、彼が残した曲や演奏を掘り下げ、追究していくことから逃れられません。自分でもピアソラを演奏し始めた頃は、録音で残されている彼の演奏スタイルを模倣することから始めました。しかしそのうちに“演奏家としてのピアソラ”と“作曲家としてのピアソラ”を客観的に分けて考えるようになり、演奏家は作品そのものへのリスペクトを忘れず、自分を通して作品の本質をアウトプットするという作業が大事だと思うようになりました。
強じんなリズムと泣かせるようなメロディが印象的なタンゴですが、自分としては「メロディを歌い上げる」ということを前面に打ち出して演奏していきたいと思っています。
山田さんは2011年に初めてご一緒して以来、コンサートでもレコーディングでもお世話になっています。石田さんと初めてお目にかかったのはそれよりも古く、2007年に初めてオーケストラと共演した際、神奈川フィルのコンサートマスターを務めていらっしゃいました。心から信頼できる方たちで、たとえばピアソラのキンテート・スタイル(バンドネオン、ヴァイオリン、ピアノ、コントラバス、エレクトリックギターによる五重奏)で演奏する際、このお二人が加わっていれば自由に伸び伸び演奏することができます。リハーサルなどでディスカッションをすることも少なく、演奏を通じていろいろなメッセージを送ってくれますので緊張感も高まりますし、音楽的にもかなり高いレベルで演奏ができます。
音を出す仕組みはシンプルですが、古い楽器なのでトラブルが起きても楽器屋さんへ持ち込むわけにはいきませんし、簡単な修理は自分でできるようにと、いつも工具セットを持ち歩いています。メンテナンスや大きな修理も決まった方にお願いしていますので、扱いは大変だと言えるでしょう。楽器の構造を隅から隅まで知っておくことも大切であり、音が変だなと気が付いたときには、ステージで演奏している最中でも頭の中で,内部のどの部分が原因なのかについて思いを巡らせています。隅々までわかっていれば、コンサートの短い休憩時間でも修理できることがありますので。
実は好きになったり興味をもったりすると、一時期だけ集中的にいろいろなことを調べ、誰にも負けないくらいの知識を得たいと思ってしまうのです。たとえば少し前の話ですが、家具やインテリアに凝った時期もありました。商品の情報について、お店の方と対等にお話しできるくらいに調べ上げてしまいます。絨毯やホームセキュリティのための金庫まで調べましたよ。そういった好奇心旺盛なところがあるからこそ、バンドネオンという楽器と付き合うことも楽しく、ますます自分の音楽を追究していけるのだと思っています。
音楽ライター。音楽家のインタビュー記事、コンサートのプログラムノート等を中心に執筆。
『ぶらあぼ』『ぴあクラシック』『モーストリー・クラシック』『ショパン』等で記事を執筆するほか、クラシック音楽の魅力を伝える音楽講座なども担当。
著書に『ロシア音楽はじめてブック』(アルテスパブリッシング刊)。共著は多数。