2002年第8回モーツァルト国際コンクールにおいて日本人として初めて優勝。その後、03年にザルツブルク音楽祭のモーツァルト・マチネに出演するほか、10年にチューリヒでのリサイタルや、11年にシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭やパレルモ音楽祭への参加など国内外で活発に活動を展開し、いまや実力・人気ともに日本を代表するピアニストの一人である。
09年にはモーツァルトのピアノ・ソナタ全曲をフォルテピアノとモダンピアノを用いて演奏するといった意欲的な企画に取り組み好評を得た。
最近では、バレエ公演にも出演し、世界的バレエダンサー ディアナ・ヴィシニョーワや吉田都ほかと共演している。
CD録音も活発に行い、これまでに7枚をリリース。最新盤は「ロマンティック・アンコール」(エイベックス・クラシックス)。2007年第17回出光音楽賞受賞。
オフィシャルホームページ http://www.yokokikuchipf.com/
「夜の8時からですので、仕事を終えた方々がゆっくりと味わえる曲を選びました。またピアノを習っているお子様やご家族の方もいらっしゃると伺いましたので、2人の作曲家による素敵な世界を味わっていただけると思います。文京シビックの大ホールでは何度か演奏していますけれど、自分の出している音がストレートに客席へ届くという安心感がありますね。残響も乾き過ぎず響き過ぎずで最適ですから、自分が客席に座って聴きたいほどなんです」
「ピアニストにとって重要な作曲家ですし、もちろん私も大好きです。でも一方で、真意をうまくつかめないのも事実。弾きながら『こうきたら、次はこうですよね』という先入観を裏切ってくれますし、構成やハーモニーなど音楽的なサプライズも多いんです。理知的な一面があるかと思うと感情をぶつけて弾くところがあり、情熱的かと思うと内向的になったりするなど変化が激しい音楽だと言えるでしょう。でもそういったところがシューマンらしさですし、私も自分の心情を反映させ、イマジネーションやインスピレーションを生かしたその時だけの演奏をしたいと思っているんです。<幻想小曲集>をコンサートで演奏するのは初めてですが、夜のイメージも感じさせますので“夜クラシック”には最適の1曲です」
「ピアノ・ソナタやピアノ協奏曲、室内楽曲などいろいろな曲を演奏してきましたが、どのジャンルであれモーツァルトの音楽にはオペラの精神が宿っています。まるで鍵盤の上にソプラノ歌手やテノール歌手がいて、みんなが会話をしているようなイメージ。ときにはオーケストラのいろいろな楽器も、そこに加わってきます。ですからピアノ・ソナタ1曲を聴いていただいた後、オペラを楽しんだような気分になっていだけると理想的ですね。モーツァルトの曲は子供の頃から弾いていましたけれど、イタリアのイモラ音楽院に留学する以前は、きれいで癒やされる音楽という印象が強かったんです。ところがあちらでモーツァルトが活動していた当時のフォルテピアノ(古楽器)に出会い、演奏をさせていただきましたら、私の中のモーツァルト像が一変しました。現代のピアノと違って音も小さいですし、音色やフレージングにも限界がありますので、じっくり楽器と付き合いながら音を作り上げていくしかなかったんです。トリル(※1)ひとつをとっても多様な種類と表現があることを知らされましたし、そうしたことを楽器に教えてもらったという感覚が強いですね。今回お聴きいただく<ピアノ・ソナタ第14番>は、ハ短調でやや悲劇的な性格もありますから、オペラ<ドン・ジョヴァンニ>に近いでしょう。ストーリーやドラマを感じていただけると思います」
※1 トリル:装飾音の一種。主音符と2度上の音とを震えるように細かく行き来する奏法。
「現在はドイツのベルリンに住んでいますが、音楽だけではなく美術やバレエなどさまざまなアートが楽しめる街ですから、その環境を満喫しています。特に最近はバレエを観るのが楽しくなり、あらためて<白鳥の湖>の素晴らしさに気がつきました。チャイコフスキーの音楽だけではなくステージのセットや衣装、ストーリーなどすべてが王道の名作だと思います。自分で踊るわけではありませんから、仕事を抜きにした純粋な楽しみのために観ることができますし、気になる演目があればハンブルクやウィーンまで足を伸ばしてしまうほど。最近感動したのはジョン・ノイマイヤーさんが振付を担当した<椿姫>。ショパンの曲を使ったバレエですけれど、あのピアノを私が弾けたら!と夢見ています。祖母が日本舞踊のお師匠さんなので、私も本格的にプロのピアニストになろうと決断した中学生の頃まで、日本舞踊を習っていました。そのせいか、今でも動きの美しさや音楽との相性などには関心があるんです」
「4歳の時にレッスンを始めましたが、まわりの子供たちもレッスンに通っていたから、という程度の理由しかありません。でも幼稚園の教室にアップライト・ピアノがあり、お昼寝の時間に先生が弾いてくれる<人形の夢と目覚め>という曲が大好きでした。小学生の頃にはコンクールも受けていましたが、あるときハイドンのピアノ・ソナタを弾くことになり、参考のために聴いた田中希代子先生の演奏に衝撃を受けたんです。私にとっては人生を決めた大切な出会いであり、その田中先生に教えていただくことができましたから幸福でした。そういえば“夜クラシック”では冒頭にドビュッシーの<月の光>を演奏しますけれど、子供の頃に弾いた<アラベスク>などと共に思い出のある曲ですから、とても嬉しいんです。お客様と一緒に、私自身も楽しめるコンサートになりそうです」
英国と日本を拠点に世界各国へ演奏旅行を行う他、国際コンクール審査、マスタークラスなど広範囲な活動を展開中。北欧最大のレーベルBISより30枚のCDをリリース。2014年1月には、英国・BBCラジオ3の名門番組「CD Review」の「Building a Library」コーナーで、小川典子の演奏するドビュッシー「映像」が、評論家の「最高の推薦録音」として、数々の名演の中からトップチョイスに選出され、大きな注目を集めた。
2013年はBBCプロムスへの出演で注目を集めた他、ポーランド放送響、モスクワ放送響、チェコ・ナショナル響の英国ツアーのソリストとしても出演。また非常に珍しいイランでのリサイタル及びオーケストラとの共演も行い大きな話題となった。2014年もBBCプロムスを始め国際的な音楽祭への出演、リサイタル、海外オーケストラとの共演が予定されている。
最近ではBBCで「今週のアーティスト」として特集が組まれた他、語学力を生かしてBBCラジオ・テレビの音楽番組でパーソナリティも務めている。
英ギルドホール音楽院教授、東京音楽大学客員教授、ミューザ川崎シンフォニーホールアドバイザー、「ジェイミーのコンサート」主宰、NAS英国自閉症協会文化大使、イプスウィッチ管弦楽協会名誉パトロン。文化庁芸術選奨文部大臣新人賞受賞、川崎市文化賞受賞。
オフィシャルホームページ http://www.norikoogawa.com/
「夏の音楽祭“プロムス”には夜10時からのコンサートがありますけれど、夜の8時からは珍しいですし、とても新鮮な試みだと思います。ランチタイムでしたら1時間のコンサートは多いので何度も演奏していますが、今回の“夜クラシック”では本当に私が好きな曲ばかりを並べることができて、今からとても楽しみなんです。演奏の合間には曲の魅力や作曲の背景などについてもお話ししますので、音楽をじっくりと味わっていただけると思います」
「小学生の時にアンドレ・ワッツというピアニストのコンサートを聴いたのですが、そこで初めてドビュッシーの<水の反映>という曲に出会い、こんなに美しい音楽があるのかと感動しました。現在はピアノ曲のほぼすべてをレパートリーに入れているほど好きですけれど、あの時の感動は忘れられません。ですから“夜クラシック”でも私のように、幸福なドビュッシーとの出会いを果たしてくれる方がたくさんいらっしゃれば嬉しいですね。今回は有名な曲ばかりを選びましたので、お聴きになれば『この曲ってドビュッシーだったの?』という新鮮な発見をしていただけるでしょう」
「ラヴェルの音楽は美しさの中にちょっと病的な一面が見え隠れするという、異様なところがあります。たとえば有名な<亡き王女のためのパヴァーヌ>も純粋な美の裏に陰がありますし、ドビュッシーと比較をすることで、ちょっと気持ちが悪い雰囲気を感じていただけるかもしれません。ドビュッシーもラヴェルも印象派の絵画風にふわっと演奏されてしまいがちですが、音色の移り変わりや音楽の輪郭、振り幅の大きい音量や、感情の落差などを描くのが“典子流”なんです。武満徹さんの音楽はドビュッシーの影響を受けていますけれど、戦争を生き抜いてきた世代の日本人男性がもっている強さや怒りも感じられますし、和楽器が出す衝撃音と共通する厳しさもあります。今回の“夜クラシック”では、そうした三者三様の音楽をお楽しみいただきたいと思っています」
「母がピアノの教師でしたので生活の中にピアノの音がありましたし、まだ歩けずにハイハイをしている頃からアップライト・ピアノの下で遊んでいたそうです。自分では記憶がありませんけれど、即興演奏もしていたんですって。ですから4歳半くらいの頃に初めてピアノのレッスンへ行き、そこでひたすらドの音だけを繰り返し弾かされたときは『私、もっと弾けるのに!』と、すっごく頭にきました。後からよく考えれば、私の弾き方は自己流で指使いもめちゃくちゃでしたから矯正してくれていたのです。先生が楽譜に手の形を書いてくれ、なにが良くてなにがいけないのかを厳しくたたき込んでくれたおかげで、今でもこうして演奏できているんだと感謝しています。もしお子様が真剣にピアノを勉強したいというのであれば、ぜひ小学生のうちに手の形をしっかりマスターしていただきたいですね。それによって弾ける曲が大きく違いますし、音楽大学などに入学してからでは直せないんです」
「小学校へ入学するときには、もう意識していましたね。それからはずっとピアノが中心の毎日になりましたけれど、中学2年くらいまでは『あなたのピアノは弱音器を付けているみたいね』と言われるほど、弱い音で自信なさそうに弾いていたんです。その後、弘中孝先生に師事して自分の殻を破ることができましたけれど、当時は思春期でしたから無理矢理ピアニストを目指している自分がいやになり、悩みで押しつぶされそうな毎日を送っていました。そうした自分の状況もあったのでしょう、当時は精神科のお医者さんに憧れていたんです。実は今でもチャンスさえあれば、本格的に勉強をしたいほど。イギリスや日本で自閉症のお子さんをもつご家族のために“ジェイミーのコンサート”というシリーズを続けていますが、医学や人間の心理について興味が尽きません。私も子供の頃にコンプレックスを抱いていたことがありましたから、アウトリーチ活動なども含め、音楽家は何ができるのかをいつも考えるようにしているんです」
「今は圧力鍋を使った料理にはまっています。羊の肉をワインとオレンジで煮込んだシチューが得意料理のひとつなんですけれど、以前は2日もかかっていたのに圧力鍋を使うと10分でできちゃう。料理がさらに楽しくなりました」
ドビュッシーの音楽から、おいしそうな香りが漂ってきそうです。ありがとうございました。
音楽ライター。音楽家のインタビュー記事、コンサートのプログラムノート等を中心に執筆。
『ぶらあぼ』『ぴあクラシック』『モーストリー・クラシック』『ショパン』等で記事を執筆するほか、クラシック音楽の魅力を伝える音楽講座なども担当。
著書に『ロシア音楽はじめてブック』(アルテスパブリッシング刊)。共著は多数。