新シリーズ「夜クラシック」スペシャルインタビュー

取材・文:柴田克彦

 今年4月から、文京シビックホールで、新シリーズ「夜クラシック」が始まる。通常よりも遅い20時に開演し、公演時間も60分と短め。プログラムは「どこかで聴いたことがある曲目」が中心で、チケット料金も財布に優しく、普段着でもOK……という、これからクラシック音楽に親しみたい方、アフターワークの新たな楽しみをお探しの方にピッタリのコンサートだ。
 初年度は、4回にわたってピアノ曲を特集。日本を代表する4人の女性ピアニストが、お得意の名曲を披露する。作曲家や曲への思いを語るトークもあれば、皆がプログラム以外に共通の1曲を必ず演奏するといった企画もあるので、一流アーティストのキャラクターをより深く知ることもできる。
 ここでは、「Vol.1~ショパン その人生と悲しみの旋律をひもといて~」に出演する仲道郁代、「Vol.2~ロシアより愛をこめて~」に出演する三舩優子のお二人に話を聞いた。

ピアニスト 仲道郁代

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 桐朋学園大学1年在学中に、第51回日本音楽コンクール第1位、あわせて増沢賞を受賞。数々の国内外での受賞を経て、1987年にヨーロッパと日本で本格的な演奏活動をスタートさせた。
 古典からロマン派までの幅広いレパートリーを持ち、これまでに日本の主要オーケストラと共演した他、海外のオーケストラとの共演も数多く、人気、実力ともに日本を代表するピアニストとして活動している。これまでにサラステ指揮フィンランド放響、マゼール指揮ピッツバーグ響、バイエルン放響及びフィルハーモニア管、小林研一郎指揮ハンガリー国立響、ズッカーマン指揮イギリス室内管(ECO)、ブルゴス指揮ベルリン放響、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルなどのソリストとして迎えられ高い評価を得ている。
 また、99年にはカーネギーホールでリサイタル・デビュー、2001年にはサンクトペテルブルグ、ベルリン・フィルハーモニーホールでコンチェルト・デビューを果たしている。
 リサイタルも全国各地で開催しており、中でも「ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会」とレコーディングは、作品への真摯な取り組みと音楽性が高く評価され「ベートーヴェン弾き、仲道郁代」という評価を確固たるものとしている。近年は、ショパン、モーツァルト、ベートーヴェンなどの各シリーズ企画、毎年恒例となったサントリーホールでのコンサートなどが好評を得ている。
 他にも、子どもたちに音楽との幸せな出会いをして欲しいとスタートした「光のこどもたち」「不思議ボール」、各地の学校を訪問するアウトリーチ活動など、魅力的な内容とともに豊かな人間性がますます多くのファンを魅了している。

 レコーディングはソニー・ミュージックジャパンインターナショナルと専属契約を結び、多数のCDをリリース。著作には『ピアノの名器と名曲』、『ショパン 鍵盤のミステリー』『ベートーヴェン 鍵盤の宇宙』(ナツメ社刊)等がある。テレビ番組、新聞、雑誌、ラジオなどメディアへの出演も多く、音楽の素晴らしさを広く、深く伝える姿勢は多くの共感を集めている。

ピアノは私自身の言葉です ~仲道郁代に聞く~

 仲道郁代は、人気、実力ともに日本を代表するピアニストの一人。「響きの森クラシック・シリーズ」等で、文京シビックホールにも複数回出演している。
「2013年も小林研一郎さんとベートーヴェンの『皇帝』を共演させて頂きました。いつも熱心なお客様が沢山いらしていて、音楽をじっくり奏でる雰囲気のあるホールだと感じています」
 クラシック音楽がより身近になることを願う彼女は、「夜クラシック」にも期待を寄せる。
「第1回に出演させて頂くのは、とても光栄です。このようなコンサートは、全国を見渡しても稀で、私も初体験です。以前ドイツに住んでいたとき、ご夫婦が夕食後に散歩がてら近くの公会堂で音楽を聴き、また散歩しながら帰っていかれるのを見て、これが日常生活に根ざした音楽の姿だなと思っていました。『夜クラシック』もそのような、生活の中に気軽に取り入れることのできる公演になればいいですね。」

ショパンはピアノという楽器の魅力を最も表現した作曲家

 彼女がテーマに選んだのはショパン。これまた第1回の演目に相応しい。
「ピアノと言えばショパン。ショパンはピアノという楽器の魅力を最も表現した作曲家です。夜の1時間、昔の貴族でいえばセレナードの時間に聴くにはとてもいいですし、親しみやすい旋律と美しいハーモニーで心安らぐ時間を過ごして頂ければと思います」
 プログラムには、即興曲、ワルツ、マズルカ、ノクターン、バラード、練習曲、ポロネーズと様々な曲種が並び、ショパンのあらゆる魅力を味わえる。
「1時間の公演で大曲を演奏したらそれで終わってしまいますし、バラード全曲といった演目では、聴く方も身構えてしまうでしょう。なのでバラエティに富んだ曲想を楽しんで頂けるよう、こうしたプログラムを組みました。それに、お聴きになったら『ああ、これか』とわかる、ショパンの代名詞のような曲を選んでいます」
 曲順にもこだわりがある。
「プログラムを組む際はいつも、通して聴かれたときに、1つの曲から次の曲の世界に自然と移っていける曲順を考えています。今回は、小さめの優しい曲から始めて、だんだんショパンの濃密な世界に分け入り、最後は、思索の世界、心の奥底に入って頂けるように構成しました」
 彼女にとってショパンの魅力とは?
「親しみやすく美しいメロディもそうですし、パリのサロンの生活からくるエレガントさと、祖国ポーランドに戻れなかった忸怩(じくじ)たる思いの微妙なバランス=危うさが魅力です。それに彼の作品を他の楽器で弾くとしっくりきません。オーケストラ作品を書くような意識は全くなく、ほとんどピアノのためだけに作曲していて、発音や減衰する音など、この楽器ならではの特徴が存分に生かされています」
 ちなみに「全曲がショパンのコンサートを行う機会は、ありそうで意外にない」というから、今回は貴重な機会でもある。

古い楽器を知ってから弾き方が大きく変わっています

 また近年彼女は、ピリオド楽器(※1)にも興味を深めている。
「チェンバロ、モーツァルト時代のフォルテピアノ、ベートーヴェン時代のフォルテピアノ、ショパンの時代のピアノ……とピリオド楽器を4台購入し、家がもう博物館のようになってしまいました(笑)。これもショパンの時代の1842年製プレイエル(※2)から始まったんです」

※1 ピリオド楽器:楽曲が作曲された当時のオリジナル楽器
※2 プレイエル:パリのピアノメーカー。ショパンはプレイエル製のピアノを愛用していた。

 これらの楽器に触れることで、モダン・ピアノ(通常の楽器)の演奏にも変化が生まれている。
「影響はもの凄くありますね。楽器の特性からくるフレージングや記譜の意味を、時代の様式に近い観点から探ることができます。ただ、実際に普通のピアノで演奏するときは、ピリオド楽器を模倣するのではなく、それを応用・翻訳する、作曲家や作品の本質を反映すべく工夫するといった形になります。私の中では、古い楽器を知ってから弾き方が大きく変わっていますので、そう思ってお聴きになれば、また違った聴こえ方がするかもしれません」
 彼女は演奏活動も27年を数える。
「常に現在進行形というか、それまでの積み重ねの上で、更なる音楽の深みや高みを探し続けている感じです。それに結局のところ、ピアノは私自身の言葉になっているような気がします。今後は、クオリティの高い演奏ができる状況をもっともっと作りたいですし、沢山の方に楽しんで頂けるよう、コンサートの工夫もしていきたい。そこで最近は、もう少し外に踏み出して行こうと考えて、地方の学校での公演やワークショップなどにも、やり方を研究しながら取り組んでいます」
 本公演はそうした新たなスタイルのひとつともいえる。大いに期待したい。

ピアニスト 三船優子

 幼少の頃からニューヨークに育ち、市村光子、ジェローム・ローエンタール氏に師事。帰国後、井口秋子、奥村洋子、安川加寿子の各氏に師事。1988年桐朋学園大学在学中、第57回日本音楽コンクール第1位 。翌年同大学を首席で卒業。その後国内各地で活動開始。1990年には文化庁の派遣でジュリアード音楽院に留学、マーティン・キャニン氏に師事、室内楽をサミュエル・サンダース氏に師事。1991年にロス・アンジェルスにてアメリカデビューを果たし、L.A.TIMESにて絶賛される。同年10月、フリーナ・アワーバック国際ピアノコンクールで優勝。カーネギーホール、リンカーンセンターなどでリサイタルを行ない、ラジオ局WQXRにて全米放送される。1992年、ジュリアード・ソリストオーディションに優勝。同年9月帰国し、本格的に日本での演奏活動を再開、リサイタルはもとより国内外の主要オーケストラとも共演を重ねる。1996年にはモスクワ交響楽団とモスクワ及び全国ツアーに同行、翌年サンクトペテルブルグ交響楽団ともツアーにて協演。2001年には韓国にてソウル国際音楽祭に出演、2007年夏にはニュージーランド・ツアーも成功させる。2011年、13年とシンガポールにてリサイタル、マスター・クラスを行なう。

 これまでにCDも多数リリース、自ら監修・演奏を収録したピアノ教則本「DVDですぐわかる かんたんピアノの弾き方」(成美堂出版)も好評を得ている。過去5年間に亘りFM横浜のパーソナリティーとして、また2003年より6年に亘りNHK-BS2「週刊ブックレビュー」の司会としても活躍。

ピアニストは音色が一番需要です ~三船優子に聞く~

 三舩優子は、ダイナミックな演奏で内外の聴衆を魅了すると同時に、NHK-BS2「週刊ブックレビュー」の司会など多彩な活動が際立つ人気ピアニスト。小学校時代をアメリカで過ごし、桐朋学園大学卒業後、ニューヨークのジュリアード音楽院に留学もしている。
「父の仕事の関係で、小学校の1年から6年までアメリカで過ごしました。ですから食事をはじめその影響はとても大きく、自分のホームグラウンドという感じが今でもあります。ピアノも3歳くらいから独学で弾いていたのですが、正式なレッスンは、小学校1年からアメリカで受け始めました。当時の先生にそのまま残るよう言われたのですが、両親の考えで日本に戻りましたので、両方の良さを身に付けたといえるかもしれません」
 「夜クラシック」には、やはり西欧のライフスタイルをイメージしている。
「ヨーロッパでは8時からのコンサートが普通。こうした公演が増えた方がお客様も来やすくなると思います。聴く前に食事もできますし、お勤めの方にも余裕が生まれ、1時間の公演ならば終演も遅くならない。文京シビックホールの落ち着いた空間で、気兼ねなく楽しめますよね」

誰が聴いてもすぐにわかる曲を選びました

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 今回テーマに選んだのは「ロシア」物。今年はソチ・オリンピックも開催され、フィギュアスケートでもよく曲が使われたりと、日本での人気が高い音楽でもある。「私はアメリカ物のイメージが強いかもしれませんが、ロシア物も学生時代からかなり弾いてきました。ロシア音楽は、重厚で濃厚な、たっぷりしたところが魅力。今回『ロシアより愛をこめて』という映画の題を付けましたが、そうしたロマンティックな面を含めて、『夜クラシック』には相応しいと思います」
 チャイコフスキー、プロコフィエフ、ボロディンのバレエやオペラの音楽、ラフマニノフの歌曲など、編曲物中心の構成が大きな特徴だ。
「チャイコフスキーの『ロマンス』とスクリャービンの左手のための小品以外は全て編曲物です。個人的に編曲物が好きなのも理由のひとつですが、ピアノに限定すると有名曲が案外少ないので、誰もが聴いてもすぐにわかる曲を選びました。さらには、ロシア物のシンフォニックなスケールの大きさをピアノで再現したいとの思いもあります」
 物語性のある曲など、聴きどころは多い。
「プロコフィエフの『シンデレラ』の曲は、舞踏会で踊り始めるところから、鐘が鳴り、魔法が解けるところまで、物語が全部再現されています。今回は弾く前にそのあたりのお話もしますので、とても聴きやすいと思います。『ロミオとジュリエット』はソフトバンクのCMでおなじみの曲、クライスラーの『愛の悲しみ』と自作の歌曲「リラの花」のラフマニノフ編は本人も録音している名アレンジです。また『ヴォカリーズ』には複雑な編曲版もありますが、今回弾くハンガリーの名ピアニスト、コチシュの編曲は、最後の方がアルペジオになる程度で、シンプルな美しさが保たれています。チャイコフスキーの『花のワルツ』もオーソドックスなアレンジ。本番はこの曲で始めて、皆さんにホッとして頂ければと考えています」

 オーケストラ曲をピアノ1台で弾く難しさもまた見どころとなる。
「『花のワルツ』や『だったん人の踊り』は、2台ピアノの版が一般的なので、どのパートを拾うかなど工夫が必要。特に『だったん人の踊り』は大変です。ソロで弾くのは今回が初めてですが、良い編曲を見つけたので、多少手を加えつつ、ダイナミックさを表現したいですね」
 作曲家ごとの個性の違いも明確だ。
「プロコフィエフはピアニスティック。編曲物でもピアノの技術が映えます。それに彼はリズムの作曲家で、構築感もあります。ラフマニノフは歌。メロディラインに即興で伴奏を加えたような書法を感じます。チャイコフスキーはオーケストラ的。メロディはシンプルですが、色々なパートがあって、ピアノで弾くのは案外難しい」

ベルマンは最も影響を受けたピアニスト

 ちなみに彼女は「リストも好き」との由。村上春樹の最新作にリストの「巡礼の年」のレコードが登場するロシアのピアニスト、ラザール・ベルマンのファンでもあり、しかも本人に直接指導を受けたという。この経験も今回のロシア物に繋がる。
「ベルマンは、幼少期から大好きで最も影響を受けたピアニスト。20代後半の頃、彼がスロヴァキアでマスタークラスを開いていたので、ただ会いたいがために参加しました。彼の深い音は側で聴くと本当にびっくりするほど。そのときラフマニノフなどのロシア物をもっていきましたが、良い印象を抱いてくださったようで、最後の発表会でもそれを弾くように言われました」

ピアニストと音色

 彼女にとってピアノは、いつも人生の中心に位置している。
「ピアノの前に座ると必ず落ち着きますし、救われる瞬間が多々あります。ピアノに集中することで、全てをシャットアウトし、自分のカプセルの中にいるような時間をもてる幸せも感じます。とはいえ、ピアノに向かっていないときも、常に楽曲のことなどを考えていて、無意識の内に指を動かしていたり、頭の中でBGMが鳴ったりしていますよ(笑)」
 さらに「ピアニストは音色が最も特徴的な要素」だと語る。
「聴いた瞬間に誰の演奏であるかがわかるような音を出さないとピアニストではない、『あるピアニストが好き』は『その人の音色が好き』を意味すると思っています。音色は、指のどこを使うか、手首の角度をどうするかなどほんのちょっとしたことで変わりますので、今はそうした工夫をするのも楽しいですね」
 今回は、そんな彼女の微妙な音作りにもぜひ注目したい。

柴田 克彦(しばた・かつひこ)

音楽マネージメント勤務を経て、フリーの音楽ライター・評論家&編集者となる。
「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「CDジャーナル」「バンド・ジャーナル」等の雑誌、公演プログラム、宣伝媒体、
CDブックレットへの取材・紹介記事や曲目解説等の寄稿、プログラム等の編集業務を行うほか、講演や一般の講座も
受け持つなど、幅広く活動中。
文京シビックホールにおける「響きの森クラシック・シリーズ」の曲目解説も長年担当している。

夜クラシック

[Vol.2] 2014年5月8日(木) 20:00開演

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コンサート情報

[Vol.3] 2015年1月23日(金) 20:00開演

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Vol.3 菊池洋子

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[Vol.4] 2015年3月13日(金) 20:00開演

コンサート情報

Vol.4 小川典子

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