野村萬斎 インタビュー

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◆“狂言”とは
日本古来の伝統芸能「能楽」の中でも、庶民の日常を写実的・喜劇的に描いた滑稽な台詞劇の事を“狂言”と呼びます。はっきりした言葉と明快な動きによって進行するため、初心者でもわかりやすく気軽に楽しめる伝統芸能です。

◆狂言の歴史
奈良時代に中国から伝わったとされる“散楽”(滑稽な物まね芸能)に、平安時代以降、日本各地の伝統芸能や寺社の祭事などの要素が加わり“猿楽”として発展。今から約600年前の室町時代に、現在私たちが見るスタイルの“狂言”が成立したと言われています。 1957年には国の重要無形文化財に、2001年にはユネスコの無形文化遺産に登録されています。 ※いずれも、能と狂言を総称した「能楽」として指定。

◆狂言の登場人物
能の主人公が歴史上の人物や位の高い人物が多いのに対し、狂言は庶民を主とした親しみやすいキャラクターがほとんど。第一声が「この辺りのものでござる」と名乗るところからも、特権階級ではなく、ごく普通にいる庶民であることがわかります。 「棒縛」のシテ〈*1〉は太郎冠者(主人に仕える酒好きな召使)。「小傘」のシテは僧(に扮した、実は博打で食い詰められた主従)など、昔であればどこにでもいそうな愛すべき人物達によって物語が展開します。 “人”以外では、“神”(夷、大黒天など庶民に幸をもたらす神)や、“動物”(猿、狐、犬など)も登場。野村万作さん、萬斎さんは「靭猿」の猿役で初舞台を踏んでいます。

〈*1〉主役のこと

◆普段はどこで上演しているの?
元々、能と同時に上演されていたことから、能楽堂で開催されています。能舞台は屋外に立てられていたため、当時の名残から能楽堂内の能舞台にも屋根があるのが特徴。
近年では能舞台以外での開催が増え、シビックホールには張り出し舞台を設営した能舞台が登場。いつもとは違ったホールの雰囲気にもご期待ください。

◆どんな人が演じているのか?
現在は和泉流と大蔵流の二派が活動しています。野村万作さん、萬斎さんら「万作の会」 は和泉流。人間国宝である野村万作さん、狂言のみならず映像・現代劇など幅広いフィールドで活躍する萬斎さん達により、世界に誇る狂言の芸が引き継がれています。

あらすじを読んで、もっと楽しもう!

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文京公演で上演する演目のあらすじ

「棒縛(ぼうしばり)」

 二人の家来が、留守番中に酒蔵の酒を盗み呑んでいると知った主人は、太郎冠者を棒に、次郎冠者を後ろ手に縛って出かけてしまう。それでも酒が呑みたい二人は知恵を絞り、縛られたまま酒を呑むことについに成功する。酔った二人が謡えや舞えやと大騒ぎしていると…。
 自由の利かない手で酒蔵の戸を開けたり、舞を舞ったりと、遊び心に裏付けられた自由さがある作品です。観ているこちらも心楽しくなれる、狂言の代表作の一つです。

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「小傘(こがらかさ)」

 田舎者が村に草堂を建立したのだが、堂守がいないので街道に出て探していると、僧と新発意(しんぼち…出家して間もない修行中の僧)がやって来たのですぐに連れて帰る。しかしこの二人、実は博奕で食いつめた主従であった。法事が始まると、僧は賭場で聞き覚えた傘の小歌をお経のように唱えて参詣人たちをごまかし、皆が法悦に浸っている内に新発意に施物を盗ませようとするのだが、なかなか上手くいかない。そうしているうちに念仏は益々高揚していき…。
 中世ののどかな様子がうかがい知れる演目です。にわか坊主が傘の小歌を、お経のよう唱えるところが一つの聞きどころです。首尾良く事は進むのでしょうか?

野村萬斎 インタビュー

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狂言師 野村萬斎 (のむら まんさい)

1966年4月5日生 B型 東京都出身。
祖父・故六世野村万蔵及び父・野村万作に師事。
重要無形文化財総合指定者。3歳で初舞台。東京芸術大学音楽学部卒業。
「狂言ござる乃座」主宰。
国内外で多数の狂言・能公演に参加、普及に貢献する一方、現代劇や映画・テレビドラマの主演、舞台『敦-山月記・名人伝-』『国盗人』など古典の技法を駆使した作品の演出、NHK『にほんごであそぼ』に出演するなど幅広く活躍。
各分野で非凡さを発揮し、狂言の認知度向上に大きく貢献。現代に生きる狂言師として、あらゆる活動を通し狂言の在り方を問うている。
94年に文化庁芸術家在外研修制度により渡英。
芸術祭新人賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞、朝日舞台芸術賞、紀伊國屋演劇賞等、受賞多数。12年には芸術祭優秀賞受賞。
2002年より世田谷パブリックシアター芸術監督。

2013年10月31日(木)「野村万作・萬斎狂言の夕べ」へ2年ぶりに出演する、狂言師・野村萬斎さんに本公演への想いや、狂言の魅力・楽しみ方についてお話を聞きました。

取材・文:住川絵里

アウトプットしていく演技

 能楽堂は演じるスペースが屋根と4本の柱で囲われていますから、その中で人間内部の小宇宙を拡大して見せていくような、吸引力のある演技が求められます。一方、ホールで行う場合には、大きな演技で発散する、つまりアウトプットしていく演技を心がけます。
 今回上演する「棒縛(ぼうしばり)」と「小傘(こがらかさ)」は動きが非常に分かりやすいので、大きな文京シビックホールにはぴったりの演目だと思います。

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人間肯定、人間賛歌を描いてるのが狂言の良さ

--狂言は日常のヒトコマが演目になっていることが多いように思いますが、実生活の中で狂言の世界と通じるなと感じることはありますか?

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 狂言は最初に登場すると「この辺りの者でござる」と名乗ります。
 文京シビックホールで「この辺りの者」だと、文京区辺りの人ということになります。そう考えると身近な話題ですよね(笑)。
「棒縛(ぼうしばり)」では、お酒が呑みたくてしょうがない太郎冠者(たろうかじゃ)〈*1〉と次郎冠者(じろうかじゃ)〈*2〉が出てきますが、現代でもお酒が好きな人は「そこまでするか!」ということをする訳ですよ。家に居る時にビールが呑みたくなって、冷えていなければ諦めればいいのに、短い時間で冷やそうと冷凍庫に入れたり、氷水に浸けてみたり、氷に注いでブワッと泡が吹き出したり・・・(笑)。人間って色々と思慮を巡らすけれど、ちょっと引いて考えてみたら滑稽なこともしていますよね。それを笑い飛ばした時にカタルシスを感じる。今のは例えですがそんな人間肯定、人間賛歌を描いているのが狂言の良さだと思います。

〈*1〉太郎冠者(たろうかじゃ)…
狂言に登場する役柄。大名、果報者(かほうもの)、主と呼ばれる役柄の人物に仕える召使の役で、狂言に登場する役柄の中ではもっとも数の多い代表的な人物。

〈*2〉次郎冠者(じろうかじゃ)…
狂言の役柄のひとつ。太郎冠者に次ぐ召使い。

ニーズにあわせながら魅せていきたい

--マルチな活躍を見せている野村萬斎さんですが、狂言を演じる時と現代劇や映像で

 昔は映像の仕事は慣れていなかったので、ああしなければいけない、こうしなければいけないという思いが強くありましたが、今はどの場面においても自然体でいようという気持ちになりました。自分の狂言を活かしながらも型ばかりを押し出すのではなく、身についた物を自然に出せるよう、心の赴くままにという感じでしょうか。以前は狂言の野村萬斎、映像の野村萬斎、現代劇の野村萬斎、と分けて考えていたのですが、今はその壁がほとんどなくなったというか、溢れたというか・・・一体化してきたような気がします。狂言は多面的な要素をもっていますので、ニーズにあわせながら魅せていきたいと考えています。情報発信しなければ何も始まりませんから。

色々な物を見て刺激をを受けるの大切

——メルマガでこのインタビューを皆様にご覧頂いているのですが、萬斎さんはインターネットやパソコンなどを、よくお使いになりますか。

 検索などで使うことが多いですね。公演の感想を見たり、公演各地への移動手段や翌日の天気を確認したり。とっさに調べないといけない時は、スマホやiPad miniを駆使しています。早く自分のスケジュールをオンライン化して管理出来れば便利かなと思ってはいますが、やはりスケジュールは手帳に書く方が早いですね。

——メ新しいことにも次々とチャレンジしていますが、常にアンテナを張っているのでしょうか。

 そのつもりですけど、アンテナが張れているかどうかは分かりません(笑)。ただ、若い頃から音楽やスポーツは好きですし、20代前半は歌舞伎もよく観ました。ロンドンに留学している間はたくさんの芝居を観て、美術館にも行きましたね。シェイクスピアも世阿弥も色々なネタを仕入れ、それをもとに作品を生み出していたのですから、そういう意味では僕も刺激や蓄えが必要だなと思います。
 例えばサーカスで、火がボーボー出ているのを見たとします。その時に僕らは火を使わないけれど、あるつもりでやっていくとこんな効果があるんだとか、これぐらいのスケールのおどかしは必要だなとか。何かに触れた時、本質的に分析して、狂言に置き換えてみます。そうするとアイデアが浮かぶこともあります。
 僕の場合はどちらかというと、歌舞伎や商業演劇のように派手さを求めるというよりは、シンプルにすることが務めだと思っています。でも大きなホールでやる時にはシンプルな狂言をどのように派手に見せるかを考えますから、やはり色々な物を見て刺激を受けるのは大切ですね。

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理屈なく観られるんだなということを体感していただきたい

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——それでは最後になりますがメルマガ会員の皆様へメッセージやお話を伺いたいと思います

 文京シビックホールのような大きいホールでの普及公演では、解説を入れることが多いです。解説では「小傘(こがらかさ)」のワークショップをしてからご覧いただきます。能楽堂ですと尻込みなさる方もいらっしゃるかと思いますが、解説もつきますし、他のコンサートと同じように気軽にご覧頂けたらと思います。理屈なく観られるんだなということを体感していただきたいですね。お勉強ではないので。
 狂言は600年もの長い間、数えきれないほど多くの人々がライブパフォーミングアーツとして楽しんできました。ですから、現代の人が楽しめないと言うことはないですし、ものすごい知識がないと観られない演目ではないので、気軽においでいただきたいと思います。

野村万作・萬斎 狂言の夕べ

2013年10月31日(木) 19:00開演 文京シビックホール 大ホール

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